テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ひろしま百景 ~被爆70年・奇跡の街~ 明日への炎

番組ID
208907
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年09月29日(火)21:54~22:00
時間(分)
3
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
スタッフ
プロデューサー:横井利行、ディレクター:清水正義、ディレクター:池田俊明、ディレクター:山下剛史、音響効果:広瀬康詞、カメラ:大原英二、編集:大原英二、企画:吉村美紀
概要
原爆投下から70年。広島に残されている歴史資料(写真・被爆手記・被爆絵画)や当時の映像資料を使いながら、奇跡の街の復旧・復興を紹介するミニ番組シリーズ。未曾有の惨禍と恐怖の中、我々の想像をはるかに超える力を発揮した人々の姿を伝える。◆原爆投下で市内のガス施設は壊滅、1万4千戸への供給が止まった。爆心地から約250mにあった広島ガス本社(当時・大手町)は、一角を残して崩壊した。8月下旬、皆実町工場に仮事務所を設置し復旧を開始。ガス導管網の復旧は、一軒一軒探っていく悪戦苦闘の連続だった。「一刻も早いガス供給の再開こそ 公共事業の社会的使命…」(広島ガス60年史)。翌年4月には、宇品町など南方面の残存家屋235戸にガス供給を再開。市内全域のガス供給再開には、6年の歳月がかかった。人々の暮らしを支える復興の炎として、夢を供給し続けた。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’15 阪神・淡路大震災から20年 ガレキの街の明暗 ~誰のための復興か~

阪神・淡路大震災から20年。街は「復興」したのだろうか…。ケミカルシューズやゴム加工業で有名だった神戸市長田区。長屋の多かった街は、激しい揺れと火災で壊滅的な被害を受けた。震災から2か月、神戸市は約20ヘクタール(甲子園球場の5倍)を対象とした再開発計画を発表。しかし20年がたった今、商業スペースは総面積の半分が売れ残り、廃業の危機に追い込まれている商店も少なくない。「復興」という名のもとの悲劇を、この街では「復興災害」と呼んでいる。◆長田でそば屋を営んでいた中村専一さん(75歳)は、当初から再開発に異議を唱えていた一人。「自転車の街にベンツを走らせる道路をつくっても仕方がない。将来はコンクリートの墓場になる」。そう考えた中村さんは神戸市に何度も計画の見直しを訴えたが、街には次々と高層ビルが建設されていった。中村さんは故郷の街に見切りをつけ、兵庫県西宮市へ引っ越した。◆一方、行政の計画案にNOをつきつけ、住民主体のまちづくりを実現させた地域もある。兵庫県芦屋市の森圭一さん(67歳)は行政との粘り強い折衝を続け、1200世帯の声を反映したまちづくりを実現させた。◆東日本大震災以降、東北から神戸へ視察に訪れる人は後を絶たない。長田区で被災した中村さんは、年に一度は宮城や岩手を訪ねて「長田のように失敗してはだめだ」と自分たちの苦い経験を伝え続けている。「復興」とは、街の歴史や住む人の息吹を守り、防災に強い街を住民主体でつくりあげること。そんな大切なメッセージを、20年後の神戸の街は静かに伝えている。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
映像’15 白い炎 放火殺人20年の真実

2015年10月、放火殺人の罪で無期懲役刑で服役していた青木惠子さんが、20年ぶりに釈放された。久しぶりの美容院で髪を切り、洋品店で洋服を選ぶという、ありふれた日常に、当初戸惑うような硬い表情だった惠子さんが、次第に笑顔に変わっていった。◆いわゆる「東住吉事件」は、青木さんが当時、一緒に暮らしていた朴龍晧さんと共謀して自宅に放火、当時小学6年生だった娘のめぐみさんを保険金目当てに殺害したされる事件で、動機はマンションの購入資金を得るためとされた。裁判では一貫して無実を訴えた2人だったが、逮捕当初は犯行を「自白」していた。裁判所はその「自白」をもとに有罪判決を下した。犯行動機については「不自然さが否めない」「いまひとつ明瞭さに欠けるきらいはある」といくつもの疑問を残しながらの有罪認定だった。が、裁判資料や2人への取材から、その「自白」を得るために、警察官が娘を助け出さなかったことを責め立てたり、いわゆる「切り違え尋問」と呼ばれる、一方が自白をして罪を認めている、このまま自白しなければ不利になると双方に告げる、違法な捜査手法で2人を精神的に追い込んでいたことがわかった。◆冤罪を生みやすい自白偏重ともいうべき裁判所の判断を突き崩したのは、弁護団の執念の実験だった。検察側が開示した証拠などを端緒に全国を回り、出火のプロセスを再現する実験を重ねた。そして、ついに「自白の矛盾」と「自然発火の可能性」を明らかにしていった。釈放後、「娘を殺した母親の汚名が何より悔しかった。娘を亡くした母として普通の悲しみにひたることも出来なかった」と語った青木さん。娘殺しのえん罪を着せられた母としての苦悩や、20年の勾留、服役で失った多くのもの。青木さんが取り戻した日常を追いながら、えん罪を生む日本の司法の構造的問題を浮き彫りにする。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.