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テレビ番組

ひろしま百景 ~被爆70年・奇跡の街~ 刻まれた記憶

番組ID
208900
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年08月11日(火)21:54~22:00
時間(分)
3
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
スタッフ
プロデューサー:横井利行、ディレクター:清水正義、ディレクター:池田俊明、ディレクター:山下剛史、音響効果:広瀬康詞、カメラ:大原英二、編集:大原英二、企画:吉村美紀
概要
原爆投下から70年。広島に残されている歴史資料(写真・被爆手記・被爆絵画)や当時の映像資料を使いながら、奇跡の街の復旧・復興を紹介するミニ番組シリーズ。未曾有の惨禍と恐怖の中、我々の想像をはるかに超える力を発揮した人々の姿を伝える。◆爆心地から約3.7kmに位置した広島地方気象台(江波山)は、恐ろしい閃光と強烈な爆風に襲われた。毎秒700m以上に達する爆風で、鉄の窓枠はへし折れ、ガラスの破片が飛散した。地震計は大破したが、気象観測機器は破壊をまぬがれた。被爆直後から欠測することなく記録は続けられた。少数の職員で、昼夜連続の毎時観測を続けることは至難の業だった。当時の広島管区気象台・北勲主任技師は「一刻も欠測してはならぬ…」という使命感に徹して記録を続けた。8月6日の当番日誌にはこんな言葉が記されている。「盛んに火事 雷発生し 横川方面大雨降る」。明治12年の創設以来、広島地方気象台では一日も休むことなく観測が続けられている。

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