テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

テレメンタリー2012 離島介護 ~移住一家 3年間の記録~

番組ID
207253
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年04月29日(日)02:08~02:38
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形テレビ(YTS)
製作者
山形テレビ(YTS)
制作社
山形テレビ(YTS)、プライド・トゥ
出演者
ナレーション:阪脩
スタッフ
カメラ:齊藤正、カメラ:齋藤竜太、音声:村岡広太、CG:大場隆次、ミキサー:佐藤司、音響効果:小松由佳、編集:齊藤正、ディレクター:齊藤正、プロデューサー:庄司勉
概要
2009年、山形県酒田市の沖合の離島・飛島に、渋谷さん一家5人が移住した。島で初めての介護事業所を立ち上げるためだ。人口わずか250人の離島。平均年齢は70歳に近い。だが、介護認定を受けても公的な介護サービスを利用しない島民が多い。移住から3年目、見えてきた離島介護の限界と現実…。画一的な介護サービスだけでは、島の高齢者を支えることはできない。夫に先立たれ、生きがいを喪失し、浜の仕事から離れていく女性たち。2012年春、渋谷さん一家はデイサービスの高齢者に呼びかけ、新たな取り組みを始めた。それは浜仕事が得意な高齢者の能力を活かす「水産物の加工所」だった。島に移住した一家の3年間の取り組みを通して、老いを支えるとは何かを問いかける。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’12 3・11大震災シリーズ おかえりが言えるまで

宮城県気仙沼市の鹿折地区は、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた。この地区の“顔”と言われた商店街の一角に、創業93年の「すがとよ酒店」があった。菅原文子さんは店舗と家を兼ねたこの場所で、夫の豊和さんや息子たちと暮らしていた。◆2011年3月11日。家族8人が店にいた。強烈な揺れの後に押し寄せた大津波。豊和さんは家族に避難を促し、一人店に残ろうとしていた。2階の住居にいた文子さんは、豊和さんを助けようと階段を駆け下り手を伸ばした。豊和さんはその手をすり抜けて津波に流され、行方不明になった。◆3ヶ月後。文子さんは遺体が見つからぬまま、夫の死亡届を出した。それでも待っていた。時が経つにつれ、夫への思いが募った。文子さんは昔から好きだった「手紙」に帰らぬ夫への思いを綴った。◆2012年1月。鹿折地区では復興に向け被災建物の解体が進められていた。「すがとよ酒店」も解体の日を迎えた。夫婦の全てが詰まった店の解体。文子さんは心の中で何度も“ありがとう”とつぶやいた。そして、2012年6月。文子さんに突然の知らせが届く。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
はやぶさから宇宙の学校

JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授の的川泰宣さんは1942年、広島県呉市生まれ。宇宙工学の専門家で、日本の約300のロケット打ち上げに関わってきた。奇跡とも言える運命をたどった小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトにもエンジニアとして関わり、大きな役割を果たした。◆的川さんは2005年、JAXAに宇宙教育センターを設立するにあたり、その必要性を何年も提案し続け、実現にこぎつけた。そしてJAXAを退職した2008年にNPO法人「子ども・宇宙・未来の会」を立ち上げ、全国に「宇宙の学校」を展開してきた。「宇宙の学校」は現在全国の39か所に設立され、多くのところで定員を大きく上回る親子が参加している。◆「宇宙の学校」の目的は、宇宙を題材にして子供たちの好奇心、冒険心、ものを作る匠の心を引き出すこと。それに加えて子供たちの未来の目標を見つける手伝いをし、独創性を育むことにも意を注ぐ。題材は宇宙だけでなく自然科学から広く選ばれるようになっている。的川さんはなぜ「宇宙の学校」に情熱を注いでいるのか、子供たちの未来に何を託しているのか、その思いに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組