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ラジオ番組

アナウンサー百年百話 サハリン残留日本人に思いを寄せて 後編

番組ID
R24879
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放送日時
2022年08月10日(水)10:30~10:45
時間(分)
16
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
司会:鎌倉千秋、ゲスト:いとうせいこう、インタビュー:斎藤弘美、聞き手:芳川隆一
スタッフ
制作:比留間亮司、演出:小松宏司
概要
2025年3月22日の放送開始100年に向けて、アナウンサーの「ことば」をもとに放送の100年を振り返るシリーズ。様々な場面で情報を伝えてきたアナウンサーが、その時々でどう向き合ってきたのか振り返る。(2022年4月6日放送開始)◆日本サハリン協会斎藤弘美会長のインタビューの第2回。帰国事業の今を伺った。「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、日本にとってロシアを冷戦期の『遠い国』に戻してしまった」と話す。侵攻後、帰国事業の進展はおろか、サハリン在留邦人とは連絡すら取れていない。しかし、こんな今だからこそ、斎藤さんは自分が会長であることに大きな意味があると考えている。日本人だから帰ってこられて良かったと片づけず、自由に動いて会いたい人に会える状態を作ること、そして発信してもらう側として、取材を受けた人がメディアに正確に伝えてもらえるようにすることが自らの役目であると語る。

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