テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

夕方なしか!〔1453・終〕

番組ID
R23864
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2022年12月24日(土)16:40~17:00
時間(分)
19
ジャンル
adaptive_audio_mic
トーク・ワイドショー
放送局
大分放送(OBS)
製作者
大分放送(OBS)
制作社
大分放送(OBS)
出演者
スタッフ
制作:宮本武典
概要
「なしか」は大分の方言で「なぜなんだ?」「どうして?」という意味。日常の「なしか」をリスナーに投稿してもらい、紹介するOBSラジオの看板番組。(1995年11月4日~2022年12月24日放送)◆今回は最終回の放送。リスナーからお別れの「なしか」がたくさん寄せられた。長年、松井督治とコンビを組んでいた吉田寛さんへの追悼メッセージも紹介する。

同じ年代の公開番組

“復帰”を二度経験した奄美人(しまっちゅ)

1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効して70年。サンフランシスコ講和条約により独立を果たしたとされる日本だが、その内容は沖縄と奄美などを米軍の下に置き去りにするものだった。その後、奄美群島では、米軍政権下で本格的な復帰運動が展開され、ついに奄美群島は1953年12月25日に日本に復帰を果たす。しかしその一方で、基地建設にわく沖縄に移り住み、沖縄の住民と苦楽を共にしていた奄美出身者は、その日を境に「外国人扱い」を受けるようになり、嬉しいはずの復帰が重くのしかかることになる。同じ日本人として沖縄に生き、生活のため復興のために共に力を尽くしてきた奄美出身者たち。沖縄の政治、経済、行政の要職にある人も少なくなかった。しかし、本籍が沖縄でないということで復帰に伴い公職から追放され、参政権も失い、国費留学生への官費支給も停止されることになったのだ。沖縄が本土に復帰する1972年までの19年間、沖縄に住む奄美出身者は、新たな試練に立ち向かうこととなった。沖縄に住む奄美出身者の目線から、復帰までの道のりを振り返る。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.