テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

HBCラジオドキュメント 未来へのレール ~北海道から考えるローカル線の使い方~

番組ID
R22657
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年05月27日(月)02:30~03:00
時間(分)
29
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
北海道放送(HBC)
製作者
北海道放送(HBC)
制作社
北海道放送(HBC)
出演者
ナレーション:堀啓知、報告:澤出梨江
スタッフ
制作:澤出梨江、演出:眞鍋康志、構成:澤出梨江、ミキサー:西岡俊明
概要
2019年3月31日、炭都・夕張の盛衰を見守り続けてきたJR石勝線夕張支線が、127年の歴史に幕を下ろした。JR北海道が自力では路線を維持できないとした13線区のひとつである。赤字ローカル線には、縮小・廃線の選択肢しかないのか。JR北海道と同じ1987年に札幌で生まれた道産子記者が、地方の未来につながる地方路線の生かし方についてリポートする。◆「北海道の鉄道には、なぜ暗い話題が多いのか?」。見えてきたのは、国鉄分割民営化の影の部分だった。鉄道を廃止して路線バスに転換した町では、バスの本数は増えたものの運行時間帯が合わないために、保護者のマイカーで通学する高校生が増えているという。一方、赤字ローカル線をさまざまなアイデアによってよみがえらせたいすみ鉄道(千葉県)の前社長は、北海道を訪れる年間280万人の外国人観光客を取り込み、赤字解消の起爆剤として利用すべきだと提唱する。

同じ年代の公開番組

日露交流年特別企画 ラジオ紀行 ~愛媛からロシアへ 日本人捕虜がいた村~

2018年、日露戦争当時の松山捕虜収容所のロシア兵と松山の人々との交流を描いた映画「ソローキンの見た桜」が公開された。この作品は、南海放送制作のラジオドラマを元に作られた。一方、ロシアの日本人捕虜収容所は、どのようなところだったのか。「ロシア民謡」に乗せてつづるラジオ紀行。◆1904年(明治37)、愛媛県松山市に日本で初めての「松山捕虜収容所」が設けられた。ハーグ陸戦条約を順守しようとした日本政府は、ロシア兵捕虜を非常に人道的に扱った。松山で亡くなった捕虜のために「ロシア兵墓地」が設けられ、現在も市民や地元学生が清掃活動を続けている。一方、日本人捕虜はどうなったのだろうか。作家・才神時雄の著書『メドヴェージ村の日本人墓標』には、日露戦争当時ロシア・ノブゴロド州メドヴェージ村に「日本人捕虜収容所」があったこと、そして54年前、松山の女性がメドヴェージ村を訪ねたことなどが記載されている。さらにメドヴェージ村の日本人捕虜の歴史を20年以上にわたり調査している愛媛出身のロシア文学研究者がいることもわかった。2018年から日露交流年がスタートし、様々な分野で新しい交流と関係づくりが始まった。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
山形弁で行ぎます! うつを越えて

将棋駒の生産で有名な山形県天童市に生まれ育ったミュージシャン山口岩男(55歳)。自分の世界を広げたいと、大学進学とともに上京し、8年後の1989年念願のメジャーデビューを果たした。ヒット曲には恵まれなかったものの、30代前半に知人の勧めで出会ったハワイアンミュージックのウクレレと出会う。仕事は順調、結婚もして家庭を持ち、順風満帆に見えた人生だったが、38歳の時、4歳年下の弟が亡くなった。最愛の弟を失った悲しみで多量のアルコールを摂取する日々。ついには、アルコール依存、うつになったた。そして、家庭は崩壊、自殺未遂、というつらい時期が12年間続いた。その間「自分とは何か」「生きる意味とは」と自問自答し続けた。50歳で回復したうつ。この年になって気づいた自分のアイデンティティは故郷・山形だった。そして山形だからこそできるアーティストとしての表現が「山形弁シンガー」としての活動だった。2018年8月に山形弁シンガーとしてデビュー。故郷への想いと、人生はやりなおせるという山口さんのメッセージを、本人の半生を紐解きながら綴る。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成music_note音楽radioラジオ番組