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ラジオ番組

戦後60年特別番組 60年目の告白

番組ID
R02724
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放送日時
2005年05月29日(日)10:00~11:00
時間(分)
59
ジャンル
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ドラマ
放送局
熊本放送(RKK)
製作者
熊本放送(RKK)
制作社
熊本放送(RKK)
出演者
スタッフ
制作:村上雅通、制作:筬島一也、制作:高野泰宏、演出:高野泰宏、音楽:田中祥子、脚本:村上雅通、技術:園田輝幸、構成:村上雅通
概要
戦時中の知られざる真実を明らかにし、戦争の悲惨さを伝えるノンフィクションドラマ。事実を基に、元兵士の証言などを盛り込む。◆熊本に司令部があった旧日本陸軍第六師団は、1943年南太平洋のブーゲンビル島に転戦し、食糧補給の絶たれた島で多くの兵士が餓死した。同師団に所属していた父の「事故死」に疑問を持った娘が、父の死の真相を追う。そして父の上官であった男性と出会い、真実を知らされる。戦闘中にジャングルで食料を探していた父は、「敵前逃亡」の疑いで終戦直後に師団上層部の命令で銃殺されていた。RKKラジオ戦後60年特別番組。作:村上雅通。出演:佐野浅夫、朝比奈潔子ほか。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第53回・教養・最優秀賞)

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日本初の私鉄電車と松本重太郎

日本で初めての私鉄・阪堺鉄道。今から120年前の1885年12月27日、大阪の難波と堺の手前の大和川停留場を結ぶ7.6キロで開業した。多くの来観人民で埋まった沿線を、イギリス製の機関車「和歌号」は歓声と緊張の中、走り抜けた。阪堺鉄道を立ち上げたのは、当時大阪の経済界でこの人ありと言われていた松本重太郎である。◆開業時、すでに第百三十銀行頭取であった重太郎は、鉄道の建設予定地に立ち、人が通れば小豆の粒を、人力車が通れば大豆の粒を右懐から左懐に入れ替えて通行量調査(今で言うマーケットリサーチ)を行った。暮れも押し迫った12月27日の開業にも、計算されたメディア戦略があった。120年前の新聞内容を再現すると、開業日には花火が打ち上げられ、祝いの餅がまかれ、大阪中の芸子が勢揃いして招待客を接待した。◆重太郎は、鉄道・紡績・ビール・精糖・銀行と起業し、当時の関西経済界を席巻したが、功績にまつわる資料はほとんど残っていない。晩年、紡績事業のつまづきから銀行の取り付け騒ぎが起きて破産するが、「悉皆出します」と一族の全財産を投げ出して潔く引退した。この潔さを小説にしたのが城山三郎、題名は「気張る男」。◆番組は、開業当時の機関車「和歌号」が120年前を回想する形で進行。阪堺鉄道にまつわるエピソードを、重太郎の功績を中心に紹介する。歴史研究者、出生地での伝聞、ひ孫の松本洋さんの証言、ルポライターの現場リポート、各種資料を紹介するアナウンサーが次々に登場、「和歌号」をサポートする。出演は笑福亭小松。


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