テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

毎日世界ニュース 420 その後の災害地 山梨

番組ID
N00831
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年08月26日(水)
時間(秒)
117
カテゴリ
社会
概要
台風7号の傷跡も生々しい山梨県の釜無川流域。激流に押し流されてしまった北巨摩郡武川村の商店街のあとには、早くもバラック建ての店が出来て、復興の第一歩を踏み出している。急造の仮小屋で、ようやく一家揃って食事もとれるようになった。潰された友だちの家のあと片付けに精出す中学生たち、高校生は倒れたぶどう棚の復旧に勤労奉仕の汗を流している。待ちに待った食糧や衣類も届けられて、嬉しい配給が始まった。差し伸べられた救援の贈物を背負って、砂漠のような河原を我が家に急ぐ人々。危険をおかして、孤立した奥地へも食糧が運ばれる。自衛隊も各地で決壌した堤防の修理や、架橋作業に力強い活躍を見せている。こうして途絶した交通もようやく開かれた。しかし、意外に大きい被害に復旧作業は困難を極め、被災した家が手の着けられないまま残っている災害地に、台風の秋を迎えるのが気遣われている。

同じ年代の公開番組

毎日世界ニュース 423 安保改定を前に 勤評から西尾問題まで

1959年9月8日、日教組(日本教職員組合)は勤評(勤務評定)反対の統一行動を全国に展開。東京では文部大臣に会見を求めたが門を閉ざして面会謝絶。安保条約改定阻止と勤評反対闘争は表裏一体だと気勢を上げたが、教育委員会との団体交渉も物別れとなって、泥沼から一歩もはいあがれない。同じ日、基地砂川町では安保改定阻止の中央大会が開かれ、米軍の駐留は憲法違反であるという東京地裁の判決を支持するデモが、夜の更けるまで続いた。1959年9月9日、ダレス長官の追悼式には吉田茂元首相をはじめ、岸信介総理、マッカーサー米大使ら多数が参列して、安保条約の生みの親ダレス氏を偲んだ。8年前のこの日、サンフランシスコにおいて講和条約および安保条約が調印されたのである。この抱合わせの両条約をめぐって、社会党は講和条約賛成、安保条約反対の立場をとる右派と、両条約に反対する左派が激しく衝突、ついに分裂の憂き目を見るに至った。あれから8年、社会党青年部大会は、議場混乱のうちに西尾末広氏の除名を絶対多数で決議した。こうした中で1959年9月12日、第16回社会党大会を迎えたが、安保闘争に対する西尾氏の言動が党紀に反すると詰め寄る左派と、受けて立つ右派が真向から対立して、冒頭から荒れ模様。大会運営委員会では、決議案をめぐってつかみ合いをする騒ぎ。結果は「西尾氏を統制委員会に付議する決議案」を大会に上程することになった。西尾氏の弁明と、河上丈太郎氏の決議案反対表明に続いて投票に入り、決議案は可決された。こうして社会党は西尾氏の去就をめぐって、統一以来最大の危機を迎えた。


videocamニュース映画

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.