テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

二度の戦争を生きて ウクライナとサハリン、ある日本人の軌跡

番組ID
217805
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2023年05月01日(月)01:43~02:43
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
北海道放送(HBC)
製作者
北海道放送(HBC)
制作社
北海道放送(HBC)
出演者
ナレーション:赤城敏正
スタッフ
翻訳:木村邦夫(ロシア語)、取材:西村匡史、取材:増尾聡、取材:竹内陽一、取材:波多野真義、撮影:渡辺忠、撮影:滝ケ平国彦、音声:志田和音、CG:齋藤美貴、MA:西岡俊明、編集:四倉悠策、ディレクター:大佐賀南、プロデューサー:山崎裕侍
概要
2022年3月、成田空港に78歳の男性が降り立った。降籏英捷(ふりはた・ひでかつ)さん。日本人だが、話す言葉はロシア語である。降籏さん一家は、第二次世界大戦時、樺太(現在のロシア・サハリン)で暮らしていた。しかし、ソビエト軍の侵攻と戦後の混乱で日本に帰国できず、残留を余儀なくされた。降籏さんは結婚を機にウクライナに移住したが、そのウクライナも2022年、ロシア軍に侵攻された。家の近くも爆撃を受けたため、降籏さんは孫たちを連れて、妹がいる北海道旭川市へ避難したのだった。過酷な運命ながら、微笑みとユーモアを絶やさない降籏さん。きょうだいたちと過ごす中で、人生を変える決断をする…。サハリン残留日本人の歴史を、およそ半世紀にわたる取材映像で紐解きながら、ウクライナとサハリン、二度の戦争が奪ったものは何かを問いかける。

同じ年代の公開番組

アイ アム アトミックボム サバイバー ~小倉桂子が伝え続ける理由~(英語字幕版)

8歳のときに爆心地から2.4キロで被爆した小倉桂子さんは、英語で被爆証言する貴重な語り部だ。桂子さんの夫・馨さんは、アメリカで生まれた日系2世で、原爆資料館の館長を務めるなど、平和行政に心血を注いだが、57歳の若さで突然この世を去った。桂子さんはその後、夫を訪ねてきた外国人の通訳を務めるようになり、意図せず、被爆者の通訳をするようになる。それでも被爆の惨状を目の当たりにし、トラウマを抱えていた桂子さんは自らの体験を語ることはなかった。しかし、あるきっかけで伝えていくようになる。番組では、2021年3月からの桂子さんの2年半に密着。83歳にしてウェブ発信をしていく姿や、被爆証言をするためにアメリカに行く姿など、精力的に活動する様子を追いかけた。また、ロシアによるウクライナ侵攻が起きる中、その犠牲者たちに寄り添う姿も伝える。さらに、2023年5月の「G7広島サミット」で各国首脳に被爆証言する裏側にも迫った。コロナ禍の2年半に桂子さんは何を思い、何を伝えてきたのか、平和の種を蒔く姿を伝える。(英語字幕版)◆英語タイトル“I am an Atomic Bomb Survivor ―Why Keiko Ogura continues to tell her story―”


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
魔物か神か H3ロケット2170日 指令破壊の舞台裏

「エンジン開発には魔物が潜む」。H3ロケット打ち上げ責任者のJAXA岡田匡史が常に口にする言葉だ。打ち上げ期限は2021年3月だったが、2度(2年)延期され世界との宇宙開発競争に遅れをとることになった。燃焼試験を繰り返す中、岡田は「魔物は技術の神様」で、「我々技術者がいかに技術と向き合っているか、それが試されている」という。延期の末ようやく迎えた打ち上げ当日、ロケットは白煙を上げるだけで上昇しない。岡田は皮肉にも失敗後の「涙の会見」でその名を知られることになってしまう。そして後がない中迎えた再打ち上げの日、H3ロケットは無事発射され、雲ひとつない青空に飛翔。待ち望んでいたファンたちは歓喜する。しかし13分55秒後、ミッションを達成する見込みがないと「指令破壊信号」によってロケットは爆破され、282億円かけて開発された衛星だいち3号もろとも、フィリピン沖の太平洋に消えていった。番組は6年前からH3ロケット開発を取材、ロケット開発へ挑戦した技術者たち、そして愛知県知立市出身でプロジェクトの責任者JAXA岡田匡史の重圧や苦悩を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組