テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

還暦記者どこへ? 1時間スペシャル

番組ID
217362
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年04月24日(土)15:25~16:25
時間(分)
52
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
放送局
長崎文化放送(NCC)
製作者
長崎文化放送(NCC)
制作社
長崎文化放送(NCC)
出演者
スタッフ
題字:後田順子、撮影:中嶋秀仁、撮影:牧嶋勝輝、撮影:宮崎勝行、撮影:横山翔、撮影:井上雄登、撮影:小川穣治、撮影:野田昴佑、撮影:ギュンター顕、字幕:吉野史子、字幕:黒崎久子、字幕:東優樹、字幕:井上佳奈、協力:小曽根吉郎、撮影:鴨川榮二、編集:鴨川榮二、ディレクター:松尾高志、プロデューサー:志久弘樹
概要
2021年5月で還暦を迎えた松尾高志記者は、長崎文化放送が開局した1990年に入社し、東京や本社の様々な部署で働いてきた。報道セクションには通算8年在籍し、定年後も引き続き現場に出る現役記者である。特集「還暦記者どこへ?」は、そんな松尾記者がその人生行路で会得した豊富な人脈や長崎雑学、登山歴40年の趣味などを生かし、「街歩き」や「グルメ」、「坂本龍馬」など身近な話題から、記者の目線で「コロナ禍」をリポートする社会問題など硬軟織り交ぜた企画で、平日夕方のニュース番組「Jチャン長崎」の人気名物コーナーである。今回はそのスペシャル版。企画誕生の秘密や街歩きや、シカが突然現れた山登りの回など、過去回を振り返る。

同じ年代の公開番組

トンネルの先に 湯沢町と私の未来図

2020年11月、関越道のトンネルを抜ける1台のトラックがあった。トラックに乗る高橋智計さん(38歳)はリゾートマンションの一室を購入。引っ越しのため、湯沢町へ向かっていた。新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、仕事が全てリモートワークに切り替わり、首都圏から引っ越すことを決めたという。感染拡大後、湯沢町には次々と高橋さんのような首都圏からの移住者が集まってきている。そんな人たちの移住支援をしているのが民間企業「きら星」だ。2020年4月から町の委託を受け、1年間で30人の移住をサポートした。静岡県出身の松田菜穂子さん(36歳)は「きら星」のサポートを受け、2021年1月、家族と一緒に湯沢町に移住した。元々東京で暮らしていたが、夫の転勤にともない3年前からフィリピンに滞在。しかし、ロックダウンの発表を受けて帰国し、2泊3日の移住体験をきっかけに湯沢町への移住を決めたという。一方、湯沢町に住む美容師・南雲祐子さん(33歳)は、新幹線で東京の美容室に通っていた。しかし、感染が拡大したことで往来が困難となり、美容室を退職する決断をした。介護の資格を取得していた南雲さんは高齢者施設で働きながら、新たな一歩を踏み出す。コロナ禍という長いトンネル。雪国・湯沢で描く未来図とは。感染拡大に翻弄されながらも、新たな人生の一歩を踏み出した人たちの思いに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
今日ドキッ!報道スペシャル 核と民主主義 ~マチを分断させたのは誰か~

住民の代表であるはずの議会が、住民の声を聞くことを否決した。北海道・寿都町。国内初の町営風力発電所がまちの大きな財源だ。しかし、約2900人の人口は今後も減少が見込まれていて、財政の見通しも厳しい。去年8月、町長が「核のごみ」の最終処分場の受け入れ調査への応募を検討していると明らかにした。突然全国の注目を浴び、混乱した住民は分断していく。小さなまちの密接な人間関係の中で、多くの住民は声を潜めた。その中で、一部の住民が行政に任せきりだったこれまでを反省し、声を上げ始めた。「肌感覚では賛成が多い」と突き進む町長に、反対派の住民たちは住民投票を求める。しかし、議会はあっさりと否決した。住民の不安を置き去りにして、去年11月、文献調査は始まった。冷たい風に晒される冬。報道陣もいなくなり閑散としたまちで、町議会議員の解職請求を求め署名活動をしたり、話し合いを求め続けたりする住民たちがいた。10年前に起きた東日本大震災で一旦止まった原子力発電所。しかし「核のごみ」の最終処分地が決まらないまま、全国で再稼働が進む。国の原子力政策にとって重要な核のごみの処分が、国民的議論がまったく進まないまま北海道の過疎のまちの問題として進む。しかも議会は住民の声を聞こうともせず、住民同士の分断が深まったまま…。「核のごみ」問題を通して民主主義のありようを問う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
テレメンタリー2021 メモリーズ ~再び、家族で~

愛知県に住む森亜美さんは、3人の子どもがいる母親である。2016年に交通事故に巻き込まれ、乗っていた乗用車が炎上。全身の約60%に火傷を負い、耳たぶや手の指を失った。2週間後に意識を取り戻したが、変わってしまった母親の姿に子どもたちは戸惑いを隠せなかった。子どもたちと手をつなぐことも、じゃんけんをして遊ぶこともできなくなり、多くのものを失った亜美さんは深く落ち込んでしまう。しかし、泣いてばかりはいられないと、亜美さんは前を向き、徐々に元の生活を取り戻す努力をし始める。そして周囲の力を借りながら、家事や車の運転など「自分でできる事」を増やしてきた。そんな亜美さんの姿を見た子どもたちも少しずつ変わっていく。そんな時、本来ならあるはずのものがないことに気付く。育ち盛りの子どもたちと撮った写真である。事故のあと、人目につくことを嫌っていた亜美さんは、以前はよく行っていた家族旅行もできなくなり、写真に写ることも避けてきた。しかし、「家族みんなで出かけて、もう一度、思い出を作りたい」と亜美さんは3年ぶりに家族5人で出かける計画を立てることに。事故から5年が過ぎた亜美さんと家族の今を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組