テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

やまぬわが心の余震 ~熊本地震 被災画を見つめた4年~

番組ID
216305
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2020年11月02日(月)02:30~03:55
時間(分)
75
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ熊本(TKU)
製作者
テレビ熊本(TKU)
制作社
テレビ熊本(TKU)
出演者
ナレーター:山崎夕希子
スタッフ
協力:高田一道、題字:月足彩花、資料:村上宗一郎、編集:可児浩二、撮影:村中洋生、撮影:水谷誠希、撮影:石原拓朗、音声:楠野正人、MA:江藤亮一、構成:山本眸古、ディレクター:徳永幹雄、プロデューサー:伊藤典昭
概要
熊本地震から4年、被災地では復興が急ピッチで進められている。被災地の御船町では、震災直後、地元の陶芸家の渡邊秀和さんの手によって、倒壊したある故人のアトリエから絵画およそ150点が救出された。画の作者は九州画壇に名を遺した亡き洋画家・田中憲一さん。廃船や犀などを独自のモチーフで数々の秀作を世に送り出した。しかし、救出された画はキャンバスが破れ、絵の具が剥落するなど損傷が大きかった。渡邊さんは田中さんの画を蘇らせようと仲間の住民とともに修復プロジェクトを立ち上げたが、時間と経費の面から修復は現実的ではなく、町も住民の生活再建を最優先し、対応は慎重だった。渡邊さん達が掲げたのは、田中さんの画を“御船の宝”として未来の子どもたちへつなぐこと。そうした中、熊本県出身の絵画保存修復家の岩井希久子さんが救いの手を差し伸べる。2019年秋、渡邊さん達は公開しながら田中作品を修復する企画展を開催し、岩井さんが独自の技法で修復に挑んだ。渡邊さんの想いと行動は余震の如く失せる事なく揺れ動き、プロジェクトを突き動かし続けた。自身を奮い立たせたのは何だったのか、田中さんが画に託したメッセージがそうさせたのか。渡邊さんが信念を貫いた4年間の軌跡を追い、絵画修復のプロジェクトを巡る住民ドラマを描く。

同じ年代の公開番組

ザ・ノンフィクション おかえり お母さん その後の「ぼけますから、よろしくお願いします。」

ドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」は2018年に公開された。認知症の母・文子さんと老老介護する父・良則さんの暮らしを、映像作家の娘・信友直子さんが撮ったこの作品は人々の共感を呼び、異例の大ヒットとなった。今回は映画の「その後」の物語である。◆映画の完成後も広島県呉市で暮らす90代の両親を直子さんは撮り続けた。しかし、2018年10月に文子さんが脳梗塞で倒れる。幸い一命は取り留めたものの、左半身に麻痺が残った。文子さんは「家へ帰りたい」とリハビリを始め、良則さんは毎日面会に行って励ました。そして良則さんは、いつ文子さんが家に帰ってもいいようにと98歳で筋トレを始める。ところが、文子に脳梗塞の再発が見つかり、寝たきりに。それを聞いて良則さんは寝込んでしまった。2020年3月、コロナ禍で仕事がなくなり、直子さんは実家に帰ることに。その時期を見計らったかのように、文子さんの病状は少しずつ悪くなっていく。60年以上連れ添った父と母が、人生の最後の日々をどう生き、別れ、残された父がそこからどう立ち上がったのか。これは娘による母の看取りの記録だが、誰もが自分や自分の親の姿を重ね、感じる物語である。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日本のチカラ ペンターン女子 ~半島で私らしく生きる!~

宮城県の北端に位置する、気仙沼市唐桑半島。かつては遠洋マグロ漁などで賑わったこの半島も、人口減少と高齢化が進んでいる。そんな中、この半島に全国各地の女子たちが毎年のように移住している。年齢は主に20~30代。彼女たちは自らを「ペンターン女子」(半島を意味する英語「ペニンシュラ」+移住「ターン」)と呼び、唐桑で仕事をしながら、漁師や農家の手伝いをしたり、お祭りやイベントを盛り上げたりと、新しい風を起こしている。女性たちが集まり始めたきっかけは、東日本大震災。震災直後の気仙沼には、全国から学生ボランティアが集まった。東京出身の根岸えまさんもその一人。どん底から這い上がる地元の人々の姿を見て「この人たちと一緒に生きていきたい」と決意し、大学卒業後移住したのだ。彼女のような震災ボランティアを中心にその輪は広がり、震災から10年、「ペンターン女子」の中には震災当時小学生だったという人も現れ始めている。彼女たちはどんな生活をしているのか。ここで、自分らしく、豊かに生きる。そんな彼女たちに迫った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション 花子と先生の18年 人生を変えた犬 後編

東京でハナ動物病院の院長を務める獣医師の太田快作さん(40歳)は、一般診療の他に、野良猫や野良犬など飼い主のいない動物や福島で被災した動物などの治療を積極的に行っている。そんな太田さんにとってかけがえのない存在が犬の花子(18歳)だ。人間なら100歳近い高齢で、一緒に出勤し、診療中も花子を見守っている。花子は病院のアイドル犬でもあり、看護師や患者から愛されている。太田さんは18年前獣医学部生の時、花子を青森の保健所から引き取ったことをきっかけに、人間の犠牲になる動物の命について、深く考えるようになった。獣医師になった今もいつも「花子だったらどうするか」と思い、動物たちを治療している。そんな花子が突然倒れた。内臓に腫瘍が見つかり、余命いくばくもない。特別な診療や手術はせず、花子との時間を大切にしようと決める太田さん。花子といつも通り、病院に出勤する。末期がんの犬やのどに腫瘍を持つ猫の手術をしながら、花子を見守る。看護師たちもそんな太田さんと花子に寄り添い、最後の時間を慈しむように過ごす。1匹の犬の看取りを通して、命との向き合い方を問いかける。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
戦争が生んだ子どもたち

終戦後、駐留米兵と日本人の間に生まれた子どもたちの、今も続く苦悩を伝える。◆横須賀市に住む青木ロバートさん(72歳)の父親は黒人米兵で、母親は横浜でロバートさんと妹を出産した。父親が帰国すると壮絶ないじめを受け、母親は幼い2人を施設に入れた。その後、妹は養子縁組され渡米し、ロバートさんは偏見から衝突が絶えなかったため、職を転々とした。取材を進めると、当時混血児などと呼ばれた子どもが多数いて、その多くは、日本人でありながら、日本人から差別を受けて生きていたことがわかった。テキサス州で暮らすバーバラ・マウントキャッスルさん(73歳)は日本で米兵の父親と日本人の母親の間に生まれた後、66年前に養子縁組され渡米した。母親に会いたい、ルーツを知りたいと、SNSを使い、当時の自分の名前と同じKIGAWAという苗字の日本人にメッセージを送り続けた。メッセージを受け取った一人、木川剛志教授は、肉親捜しに協力し、母親が横須賀市にいたこと、日本人男性と結婚したことなどを突き止めた。バーバラさんに伝えると日本行きを決意。既に母親は他界していたが、旅の最後に待っていたものがあった。黒島トーマス友基さん(34歳)の祖父は大阪の駐屯地にいた米兵だ。孫の代になっても苦悩は続いている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.