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テレビ番組

にっぽん紀行 大分 中津江村 ぬくもりにつつまれて

番組ID
213277
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放送日時
2015年12月14日(月)19:30~19:54
時間(分)
25
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK大分
出演者
案内人:加藤登紀子
スタッフ
テーマ曲:ウォンウィンツァン、撮影:原章太、音声:立場邦彦、映像技術:杉澤賢太郎、音響効果:柏倉梓、編集:小山篤史、ディレクター:大岩万意、制作統括:行武哲三
概要
大分県日田市中津江村は、福岡県との県境の山間部にあり、高齢化率50%、深刻な過疎・高齢化に直面している。この地域のNPOがお年寄りを支えるために始めたのが、地元の言葉で「ちょっとしたお手伝い」を意味する“チョイてご”だ。チョイてごは、家具の移動や庭の草刈りなど、多岐にわたる。暮らしの中の困り事を解決することが、お年寄りたちの活力になっている。NPOの若者と一人暮らしを続けるお年寄りとの交流を通して、限界集落での高齢者支援のあり方を考える。

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戦後、満州やシベリア抑留からの引き揚げ者を受け入れた港は、全国に18か所。呉、佐世保、博多などが次々と港を閉じる中、舞鶴港は1958年9月まで、実に13年間にわたって受け入れを続けた。その数、約66万人、遺骨1万6千柱。◆京都府綾部市の原田二郎さんは引き揚げ者の一人。戦争で満州に衛生兵として送られた原田さんは、終戦後、シベリアで4年間の抑留生活を送った。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し、命からがら舞鶴港に引き揚げたが、毎晩、悪夢に苦しんだ。満州で負傷兵を殺したときのことが蘇る。悪夢は50年続いた。苦しみを誰にも打ち明けたことはなかったが、ある日、婦人会で自らの体験を語ったところ、その晩から悪夢がすっと消えた。地元の「舞鶴引揚記念館」で語り部ボランティアを始めたのは6年前のことだ。戦争という過ちを二度と繰り返してほしくないという強い思いがある。◆そんな原田さんの体験を引き継ごうと取り組みを始めたのは、地元の東舞鶴高校英語部の生徒たち。2014年、原田さんの話をスピーチにまとめ、「ユネスコ世界記憶遺産」への登録を呼びかける活動を始めた。人口9万人の小さな港町が果たした、歴史上の大きな役割。舞鶴市の歴史とシベリア抑留の現実を、自分たちの言葉や感性で伝えようと取り組む女子高校生たち。一方で戦争体験者の高齢化は否めず、90歳の原田さんは休力の限界もあり、語り部活動を引退しようと考え始めている。原田さんと女子高校生の交流を通して、「記憶の継承」の重要性について考える。シリーズ戦後70年。


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