テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

日本のチカラ “おさがり”で地域をつなぐ ~母の力で切り開く学生服リユース店~

番組ID
211617
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年07月24日(日)06:30~07:00
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
西日本放送(RNC)
製作者
西日本放送(RNC)
制作社
西日本放送(RNC)、民間放送教育協会
出演者
ナレーター:池田弥生
スタッフ
テーマ音楽:高嶋ちさ子、撮影:堤正則、撮影:有本竜、音声:田元とよ子、音声:戸塚夏樹、ライン編集:三好淳、音響効果:大谷敏夫、MA:美濃龍平、美術:辻佐都美、編集:有信由美子、ディレクター:有信由美子、プロデューサー:松村文彦、プロデューサー:雪竹弘一
概要
2011年、高松市に全国的初の学生服リユースショップ「さくらや」がオープンした。手掛けたのは3人の子どもを持つシングルマザー馬場加奈子さん。すぐに小さくなる我が子の制服の買い替えに苦労したのがきっかけだった。しかし、学校ごとに細かく違う制服の種類や着方のルールを把握するのは困難で、それが学生服リユースの大きなハードルになっていた。既存のリサイクル業者も手を出せなかった学生服のリユース業に、馬場さんは母親たちの「困った」を解決したい一心で挑んでいく。3人の子どもたちへの馬場さんの思いも、さくらやスタイルとも言える独自の働き方、ビジネスを生み出していった。「母親たちの困ったを解決したい」、「自らの子育ても大切にしたい」、「できれば地域の人にも幸せになってほしい」。そんな普通の母親の自然な思いを何ひとつ諦めることなく貫いたビジネスは、母親たちの共感を集め、新たなつながりを生み、地域を幸せにして行く。

同じ年代の公開番組

震災2000日 被災地医療の今 復活 石巻市立病院

旧北上川の河口近くにあった石巻市立病院は、東日本大震災の津波で被災した。医師・看護師、患者や周辺住民あわせて400人以上が孤立し、救助が来るまでの4日間を病院で過ごした。その後、被災した石巻市立病院は解体され、仮の診療所での診療を続けてきた。元々、石巻では急性期患者の受け入れを石巻赤十字病院と石巻市立病院の2か所で担ってきたが、石巻市立病院が被災したため、石巻赤十字病院に急性期患者が集中した。患者を仙台圏に搬送することも多く、石巻市立病院の再建は急務となった。開院当初から石巻市立病院を支えてきた伊勢秀雄病院長(当時66歳)は「石巻の真の復興のためにも、一刻も早く病院を再建すべき」と奔走する。あれから5年。被災地特有の新たな課題が浮き彫りになってきた中、新しい石巻市立病院では、医療・福祉・介護の連携を目指して石巻市が進める「地域包括ケア事業」へと積極的に協力する方針を打ち出した。伊勢病院長も自ら訪問医療へ出向き、被災地医療が抱える課題に真正面から向き合う。◆創る・あした ~伝えていきます~ ミヤテレ震災復興プロジェクト


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ドキュメント九州 走る まもる つなぐ ~加計呂麻バスの1日~

鹿児島県本土から南へ450キロ、奄美大島の南に浮かぶ人口1300人の島、加計呂麻島。高齢化率およそ50%の島で暮らす人々の生活の足となっているのが加計呂麻バス。島内にたったひとつの公共交通機関である。バスは、島の玄関口である瀬相港を拠点にしている。フェリーから乗客が降りてくると、バスの乗務員がその荷物を運び、段差があれば手を貸している。乗務員たちの仕事は、単に運転をするだけに留まらない。早朝のフェリーで運ばれてくる新聞を集落に配ることから1日がスタート。昔は3日遅れで届いていた新聞も、バスのおかげでその日に読むことができるようになった。また、バスに乗らなくても、家の近くのバス停まで荷物を運び、手を上げたらバス停でない場所であっても乗せ、行きたい所で降ろしてくれる。島民の生活には欠かせない存在であるが、人口減少により苦しい経営が続いていると社長の林範孝さんは言う。しかし、補助金をもらいながらも、それを1円でも減らす努力を乗務員は惜しまない。明るい笑顔を絶やさず島を走り回っているバスを支えるのは、島民からの感謝の気持ちだった。地方のバスを通して、現代社会が忘れかけているぬくもりを伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
新ふるさと百景 400年の祭りを受け継ぐ ~鳥取・鹿野の城山神社祭礼~

時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆鳥取市鹿野町は戦国時代から鹿野城の城下町として栄えた。鹿野祭りと呼ばれている『城山神社祭礼』は、江戸時代初めの城主・亀井茲矩が興した祭りだ。華やかで迫力のある屋台、勇ましい鎧武者、榊や神輿、そして獅子舞と日本古来の祭りの情景が今なお色濃く残っている。一度は途絶えたが、江戸末期に町民の力で復活した。400年を過ぎた今も昔からのしきたりを守り続け荘厳に繰り広げられている。神幸行列は町ごとに決められた榊、屋台、幟差し(のぼりさし)、獅子舞、そして神輿で構成され、およそ1キロ半の道のりを十数時間かけて練り歩く。本祭りは正午前に始まる。祭りの取締役を『役面(やくめん)』と言う。7つの町から一人ずつ選ばれた20歳前後の若者たちが様々な役につき、先輩から伝統のしきたりや技を受け継ぎながら祭りを進める。町民の力で復活させ連綿と続けられている祭りは、鹿野に住む人たちの誇りだ。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.