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テレビ番組

ザ・ドキュメンタリー チャンとブイの修行日記 ~ベトナム人実習生が覗いたニッポン~

番組ID
211505
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放送日時
2016年09月22日(木)13:00~13:30
時間(分)
27
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ愛知(TVA)
製作者
テレビ愛知(TVA)
制作社
テレビ愛知(TVA)
出演者
ナレーター:辻村勅滋
スタッフ
撮影:加藤太朗、音声:内藤幸治、音響効果:近藤賢、編集:近辻圭一郎、MA:渡辺也寸志、翻訳:グエン・シン・コン、編成:石井英夫、広報:鈴木明子、ディレクター:三鴨大知郎、プロデューサー:桐山洋介
概要
2016年2月、セントレア(中部国際空港)に2人のベトナム人女性が降り立った。2人は“外国人技能実習生”として、岐阜の美濃焼工場で働くためにやってきた。しかし、技能実習生の研修期間はわずか3年間。人手不足に頭を抱える受け入れ先工場の社長は真面目でやる気のある2人に、ずっと会社で働いてもらえないかと奔走する。◆少子高齢化による生産年齢人口の激減で、ニッポンの産業界を深刻な人材難が襲う。その解決策として、外国人労働者を活用すべきとの声が高まっている。多くの中小企業が、労働力確保のために、外国人を“技能実習生”として雇い入れ、急場をしのいでいるのだが、最長で3年しか働くことの出来ない“技能実習生”では、その場しのぎの対策にしかなっていない。加えて実習生による不法残留や失踪など、様々な“制度の歪み”も生まれているという。◆人材難に苦しむ岐阜の美濃焼工場に、実習生としてやってきた2人のベトナム人の若者を通して、ニッポンの外国人労働者受け入れ制度のあり方を考える。

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