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テレビ番組

震災2000日 被災地医療の今 復活 石巻市立病院

番組ID
211202
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放送日時
2016年09月10日(土)10:30~11:25
時間(分)
48
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
製作者
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
制作社
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
出演者
ナレーター:松本光生
スタッフ
タイトル:日野薫、撮影:加藤典保、音声:及川元気、編集:小嶋知哉、テロップ:佐々木昭信、CG:玉川哲也、ミキサー:浜口崇、音響効果:番匠祐司、構成:千野克彦、ディレクター:橋本遼、プロデューサー:庄子繁樹
概要
旧北上川の河口近くにあった石巻市立病院は、東日本大震災の津波で被災した。医師・看護師、患者や周辺住民あわせて400人以上が孤立し、救助が来るまでの4日間を病院で過ごした。その後、被災した石巻市立病院は解体され、仮の診療所での診療を続けてきた。元々、石巻では急性期患者の受け入れを石巻赤十字病院と石巻市立病院の2か所で担ってきたが、石巻市立病院が被災したため、石巻赤十字病院に急性期患者が集中した。患者を仙台圏に搬送することも多く、石巻市立病院の再建は急務となった。開院当初から石巻市立病院を支えてきた伊勢秀雄病院長(当時66歳)は「石巻の真の復興のためにも、一刻も早く病院を再建すべき」と奔走する。あれから5年。被災地特有の新たな課題が浮き彫りになってきた中、新しい石巻市立病院では、医療・福祉・介護の連携を目指して石巻市が進める「地域包括ケア事業」へと積極的に協力する方針を打ち出した。伊勢病院長も自ら訪問医療へ出向き、被災地医療が抱える課題に真正面から向き合う。◆創る・あした ~伝えていきます~ ミヤテレ震災復興プロジェクト
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第65回報道番組優秀)、ギャラクシー賞(第54回奨励賞)

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川崎葉子さんは、いわゆる“元気なおばちゃん”。福島弁で初対面の人とも、すぐに打ち解け仲良くなる。川崎さんの人生は福島第一原発事故で一変した。原発からわずか3キロにある自宅から一家4人で知人を頼って福井県に避難してきた。この避難生活待ち受けていたのは、乏しい情報と支援の少なさ。一時帰宅の情報を知ったのは締め切りから随分経ってからだった。「こんなときだからこそ、力を合わせよう。」川崎さんは「FFF(フフフ)の会」を立ち上げ、避難者の交流と結束を呼び掛けてきた。生活が落ち着くにつれ、故郷への思いに変化も。川崎さんの自宅は福島県双葉町で国の中間貯蔵施設の予定地となった。復興が全く進まず変わり果てた故郷の姿を眺めるうちに、避難生活が5年目に入った頃、「福島に戻って何か恩返しを」と考えるようになった。福井でどん底の暮らしを支えあった仲間たちも徐々に福島に戻り、川崎さんは5年を節目に、故郷に戻る決断をした。避難先の第2の故郷・福井で強まった絆。自問自答を重ねた故郷・福島への思い。復興を願いながら走り続けた川崎さんの5年間を追った。


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