テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

以心麺心

番組ID
211182
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年09月18日(日)15:00~15:54
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
ナレーター:吉田瑞穂
スタッフ
タイトル:須藤幸子、タイトル:村井未佳、撮影:千葉貴秋、撮影:相澤雄仁、撮影:藤井節男、音声:高橋勝士、ディレクター:鹿野真源、プロデューサー:堀米道太郎
概要
岩手の人気ラーメン店・柳家が、成長著しいベトナム社会主義共和国の首都・ハノイに当時まだ珍しいラーメン店をオープンするまでの軌跡をたどる。ハノイの店を任された男性店長は、日本で切り盛りしていた店をたたみ渡越したが、オープンに向けて立ちはだかったのは食文化の違いだった。日本式のラーメンは現地の人の味覚に合わず、ベトナムの代表的な麺料理・フォーをヒントに試行錯誤を繰り返す。「点と点をつないで線にして、円にする。ラーメンで人をつないで世界平和を目指す」と語っていた店長のラーメンは、ベトナムの人々にどのように届くのか。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’16 知られざる被爆米兵 ~ヒロシマの墓標は語る~

オバマ大統領と森重昭さん、2人の抱擁のシーンは瞬時に世界をかけめぐった。その抱擁は40年にわたり被爆したアメリカ兵の調査をしてきた森さんをねぎらうかのようだった。ボストンで、ある映画が上映された。森さんと被爆米兵の遺族との交流を描いたドキュメンタリー映画だ。製作したのは会社員のバリー・フレシェットさん(46歳)。自らの大伯父が、被爆死したアメリカ兵の親友だったことをきっかけに、3年がかりで遺族や関係者の証言を集めた。この映画が、アメリカ国内に発見と感動をもたらしている。被爆死した米兵捕虜は12人。しかし、アメリカ政府は38年にわたり被爆米兵の存在を公式に認めなかった。一方、被爆死したノーマンさんの遺族は辛すぎる経験からか、これまで身内の中でもその事実が語られることはなかったという。オバマ大統領は広島での演説で核兵器なき世界の重要性を示すも、未だ世界には1万5395発の核兵器が存在している。核廃絶を唱える理想と、現実のギャップは埋まらないままである。「過ちは繰り返しませぬから」と、被爆米兵12人の名も納めた原爆慰霊碑は訴える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ytvドキュメント かあさんと呼びたい ~原爆孤児を支えた心の里親運動~

山ロ勇子は『おこりじぞう』の作者として知られるが、、彼女が中心となって進めた“精神養子運動”について知る人は少ない。親を亡くした“原爆孤児”の実態調査を行い、救いの手を差し伸べたのが精神養子運動だった。1953年にスタートし、孤児たちが18歳になるまで経済的援助と手紙等の精神的援助を行った。85人がこの制度を使い成長した。山岡秀則さん(75歳)は原爆で父や祖父を亡くし、5歳で孤児となった。小学校5年生の時、精神養子運動により母親・稲葉道子さんと出会う。秀則さんにとって、お母さんの支えこそが戦後の苦しみを乗り越える力となった。山田寿美子さん(72歳)は原爆で両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ、小学4年生の時、「人生の師であり、母である」と語る山口勇子と出会う。その後、医療ソーシャルワーカーとなり、「原爆被害者相談員の会」の相談員としても活動している。原爆孤児の母・山口勇子は2000年、83歳で亡くなる。彼女の一番の願いだった「核兵器廃絶」を見届けることはできなかった。しかし「再び原爆孤児をつくるまい」という運動は、今も残された孤児たちに引き継がれている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.