テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ヒロシマを遺した男 ~原爆資料館 誕生秘話~ “The Man Who Preserved the Legacy of Hiroshima: The Story Behind the Peace Memorial Museum”

番組ID
210970
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年08月06日(水)14:00~14:55
時間(分)
51
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
ナレーター:棚田徹中井敏哉、吹き替え:深井瞬
スタッフ
構成:岩井田洋光、撮影:渡辺椋介、編集:山本龍、EED:柳谷基司、MA:講崎友蔵、題字:那須恭子、演出:関口寛之、演出:麻倉良一、VE:西崎純一、音声:宝田昌信、広報:富永利香、ディレクター:前田典郎、プロデューサー:大藤潔
概要
年間140万人が訪れる広島市の原爆資料館(広島平和記念資料館)。無残にも奪われた魂の叫びを国内外に伝え続けてきた。その原爆資料館が一人の男の信念によって生まれたことを知る人は、今となってはほとんどいない。◆広島文理科大学(現・広島大学)で地質鉱物学を指導していた長岡省吾さん。原爆投下の翌日、広島市内に入り、腰かけた石灯ろうが剣山のようにとがっていることに驚いた。「特殊な爆弾」だと直感した彼は、その後、焼け野原を歩き、焼けただれた石や瓦、ビンなどをひたすら集める続けるようになった。自宅はそんな「ガラクタ」でいっぱいだった。長岡さんは集めた石や瓦を公民館の一室で展示し始めた。生き残った者の使命として、「あの瞬間」に何があったのか伝えなければならない。そこには強い信念があった。◆被爆10年後、その信念が原爆資料館を生んだ。長岡さんは初代館長に就任することとなった。今では長岡さんについての資料はほとんど残っていない。番組では、わずかな手がかりをもとに国内外に当時を知る人々を訪ね歩き、長岡省吾さんの軌跡を追った。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第63回教養番組優秀)、ギャラクシー賞(第52回奨励賞)

同じ年代の公開番組

ウッティ発! 山梨の職人 左官

「左官」建物の壁や床などを鏝(こて)で仕上げる職人。その歴史は奈良時代の仏教伝来までさかのぼる、日本の伝統工法の一つである。お城の壁として知られる石灰を主原料とした「漆喰壁」、竹で編んだ壁に土を塗って仕上げる「土壁」など。かつては左官がいなければ、建物はできなかった。◆「大工、左官、鳶」は建築3大業種といわれ、重要な役割を担っていた。職人の手で一つ一つ丁寧に仕上げられる建築物は、芸術の域に達しているものもある。しかし戦後の高度成長期以降、新しい建材の登場や工期短縮の流れにより、時間のかかる左官仕上げは敬遠されるようになった。また、化学合成で簡単に材料が作れるようになり、職人の腕の差が出にくい工法が確立していき、左官の仕事は激減していった。◆山梨県都留市の左官職人・藤本敦さん28歳。若き左官職人である彼は、土壁や漆喰など昔ながらの伝統工法にこだわり、この魅力を広めようとしている。高校卒業後、本格的に伝統工法を学ぶために三重で7年修業。山梨に戻り、土壁や漆喰にこだわった左官職人を目指している。◆ここ数年、土壁などの自然素材を使った内装が注目を集めている。これらには調湿や消臭機能があるといわれており、シックハウス症候群の原因物質を放散する化学合成品を避けたいというニーズを反映している。しかし手間のかかる左官仕事は、工期の短縮と低コストを要求する住宅メーカーには取り入れづらい。そこで、藤本さんは個人設計事務所と組んで、この魅力を伝えようと勉強会を開くなど、普及につとめている。さまざまな左官仕事の裏側を見せながら、若き職人の思いに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.