テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NNNドキュメント’17 4400人が暮らした町 ~吉川晃司の原点・ヒロシマ平和公園~

番組ID
210967
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2017年08月07日(月)00:55~01:50
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
広島テレビ放送(HTV)
製作者
広島テレビ放送(HTV)
制作社
広島テレビ放送(HTV)
出演者
スタッフ
撮影:日野知行、編集:日野知行、ミキサー:浜口崇、音響効果:増子彰、デザイン:荒田未来、CG:西原美彩、ディレクター:土居剛幸、ディレクター:古江正彦、プロデューサー:岡田純一郎
概要
広島市の平和公園は、かつて4400人が暮らし、多くの民家がひしめき合う、中島地区と呼ばれる町だった。ここにあった旅館をルーツに持つ被爆2世の吉川晃司さんが、失われた町の記憶を求め、平和公園の今と過去をたどる。当時の住民が語る町の姿とは。発掘調査で露わになった黒い地層、出土した生活遺品は我々に何を訴えるのか。そこから見えてくる原爆の破壊とは。原爆で一瞬にして町と人々の声が失われた事実を今、改めて訴える。

同じ年代の公開番組

YBSふるさとスペシャル 福祉のこころ ~障害者療育に捧げた60年~

甲州市勝沼町在住の田ヶ谷雅夫さん(取材当時85歳)は、戦後60年間知的障害者の福祉一筋に取り組んできた。大学の夜間部で発達心理学を学んだ後、厚生省の知的障害児入所施設に勤務。主任指導員として、戦災孤児でさらに知的障害を持つ子どもたちと向き合う中で、入所児童の死に立ち会い、この仕事に生涯を捧げる覚悟を決めた。4年後、埼玉県に日本初の盲重複障害児の施設・国立秩父学園が開校され、指導員として招かれる。ここでの経験をもとに田ヶ谷さんが執筆した「盲精薄児の指導」は、盲重複障害児の指導書として広く用いられた。その後、山梨県にできた県立社会福祉村内の育精福祉センターの副所長に就任し、10年間尽力したが、大規模コロニーでの支援に限界を感じて退職。退職金をもとに入所型小規模障害者支援施設を開設した。やがて、障害者を社会から隔離するのではなく、地域と関わらせ自活させることが何より大切と考えるようになり、平成5年(1993)には、今では当たり前となった通所型の支援施設を開設した。戦後の障害者福祉の歴史と共に歩み、常に先進的な障害者療育に人生を捧げてきた田ヶ谷雅夫さんの足跡をたどる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.