テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

新ふるさと百景 心をつなぐ悠久の響き ~松江 鼕行列~

番組ID
210503
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年11月29日(日)10:55~11:25
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本海テレビジョン放送(NKT)
製作者
日本海テレビジョン放送(NKT)
制作社
日本海テレビジョン放送(NKT)
出演者
スタッフ
撮影:日置祥二、演出:阿部毅、制作:河野信一郎
概要
時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆島根県松江市に連綿と受け継がれる「鼕行列(どうぎょうれつ)」。賑やかなお囃子にあわせ、絢爛豪華な鼕太鼓が練り歩く光景は、山陰随一の迫力と言われる。この年も市内から22団体、およそ2500人が水の都・松江を華やかに彩った。鼕行列の起源は、神様に五穀豊穣を祈願する鼕たたきや、一年の無病息災を祈る左義長行事がもとになったと言われる。そして大正4年、天皇の即位を祝ってお囃子の行列が行われたのを機に、現在の形になった。祭り当日の10月18日、各町内では鼕の車庫から鼕台と呼ばれる山車とそれに乗せる歳徳神の神棚を運びだす。備え付けられた鼕太鼓は、大きなもので直径1.8メートルと大迫力。2015年の鼕行列は、大正4年に今日の形となってから100年となる節目。さらに松江城天守が国宝に指定されたことも祝って、例年以上に賑やかに行われた。人々は鼕を鳴らし心を奮い立たせ、幾多の困難を乗り越え、美しき水の都・松江を築いてきた。そして、その心は新たに松江に移り住む人にも伝えられている。松江市民の心の拠り所、鼕行列。昔も今も、そしてこれからも、人々の絆を深め続けていく。

同じ年代の公開番組

日曜劇場 流星ワゴン〔6〕

絶望の淵に追い込まれ、「もう死んでもいい」とさえ感じていた一雄。そんな時、目の前に停まった不思議なワゴンカーに乗車する。ワゴンが向かうのは、一雄の人生にとって大切な分岐点だ。やがて、決して分かり合えないと思っていた父親・忠雄が同い歳の姿で現れる。後悔の人生をやり直すためのドライブが始まった。原作:重松清。(2015年1月18日~3月22日放送、全10回)◆第6話。忠雄(香川照之)が現実世界で今にも死にそうな状態にあることを、とうとう本人であるチュウさんに明かした一雄(西島秀俊)。死の淵で何か大きな後悔を抱いた忠雄の、やり直したいという強い思いが生み出した生霊…それが一雄の旅の中に現われた若い忠雄・チュウさんなのだ。後悔を消せないまま現実の忠雄が死んでしまえば、生霊の忠雄は永遠にこの世をさまようことになる。それを知った忠雄は、この時代の自分と接触しようと広島県福山市・鞆の浦の家へ向かう。しかしそれを知った橋本(吉岡秀隆)は一雄に忠告する。この時代の老いた忠雄と若い姿の忠雄、出会うはずのない2人が出会えば、時間の流れにゆがみが生じ、すべてが元に戻されてしまうと。これまでのやり直しの旅も無かったことになると知り、一雄は大急ぎでチュウさんを止めに走る。鞆の浦・永田家の前で、72歳の忠雄が秘書に囲まれて車を降りた。老いを感じさせない、迫力ある風情だ。そこへ生霊の忠雄が近づく…が、すんでのところで一雄と健太(高木星来)がそれを阻む。この時代の忠雄は一度倒れている。しかし頑なに検査を受けることを拒んだ。その結果、後にガンが発覚した時にはもう手遅れだった。「あのとき検査を受けておけばよかった」それが自分の死の淵での後悔だと確信しているチュウさんは、一雄にこの時代の自分を説得しろと言う。しかし、一雄は現実の忠雄とは長く口も聞いていない。ふんぎりのつかない一雄が家の前で躊躇していると、母・澄江(倍賞美津子)と妹・智子(市川実和子)がその姿を見つける。6年ぶりに実家へ足を踏み入れた一雄は、72歳の忠雄と対峙する。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
日本の片隅で平和を叫ぶ ~山陰空襲を知っていますか?~

太平洋戦争末期の列車空襲である「大山口列車空襲」。70年前、終戦間際に日本海側の山陰地方で何が起きていたのか。長い年月が経ち、その記憶をとどめる地元の人たちも多くが亡くなっている。こうした中、その記憶を残そうと、被災した人たちを訪ね歩いた。◆こうした中で分かったのは、戦争の記憶を語り継ごうと中心となって活動を続けてきた一人の男性が脳梗塞で倒れ、これまで語り継がれてきた山陰空襲の記憶の伝承が難しくなってきたという事実。この男性が活動の拠点にしてきたのは「大山口列車空襲被災者の会」。被災者の会は、男性が倒れたことや被災者の高齢化を受けて、初めて戦後生まれの会長が就任した。試行錯誤しながら、語り継ぐ活動を継承している。◆70年前の薄れゆく記憶…。近年米軍の空襲記録やガンカメラ映像の研究などによって、米軍が見た空襲の実態も明らかになってきた。しかし時の経過とともに、記憶の継承が難しくなっていることには変わりがない。戦争体験を次の世代にどのように語り継いでいくのか。「戦争の記憶を風化させない」とする会の活動を通して考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組