テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

風が町をつつんだ日 ~二本松市 針道のあばれ山車~

番組ID
210233
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年12月28日(月)02:40~03:31
時間(分)
44
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビユー福島(TUF)
製作者
テレビユー福島(TUF)
制作社
テレビユー福島(TUF)
出演者
ナレーター:津野まさい
スタッフ
撮影:佐藤智裕、構成:菊池豊、制作:渡辺孝
概要
福島県二本松市の山あいにある人口1200人あまりの針道地区で、年に一度、7台の大きな山車(だし)をぶつけ合う祭りが行われている。針道のあばれ山車である。その昔、厄災を振り払うために始まったとされる。この祭りを受け継いでいるのは、若連と呼ばれる地元の若い男たち。準備は本番の2か月前から始まり、山車を手作業で作り上げていく。そこに、家族や地元の住民たちも加わり、地域を挙げて盛り上げていく。400年の伝統を持つ祭りに、山車作りから密着して、祭りにかかわる人たちの熱い思いを描き出す。

同じ年代の公開番組

ひろしま百景 ~被爆70年・奇跡の街~ 声よ届け

原爆投下から70年。広島に残されている歴史資料(写真・被爆手記・被爆絵画)や当時の映像資料を使いながら、奇跡の街の復旧・復興を紹介するミニ番組シリーズ。未曾有の惨禍と恐怖の中、我々の想像をはるかに超える力を発揮した人々の姿を伝える。◆原爆投下で広島市内の通信手段は壊滅した。爆心地から約540mの場所ににあった広島中央電話局も通信設備は壊滅し、多くの局員が死亡重軽傷を負った(死亡216人・負傷243人)。広島城にあった中国軍管区司令部通信室も壊滅的打撃を受けたが、地下壕「通信室」の軍事専用電話は奇跡的に生きていた。通信室で交換台に勤務していた岡ヨシエさんは、警報伝達中に被爆(当時比治山高等女学校3年生で学徒動員)。意識が戻った時、目に映ったのは、瓦礫と化した広島の街だった。「そうだ、まだ通話できる所へ早く連絡を…」。九州・福山の司令部に被災第一報連絡「もしもし大変です…広島が新型爆弾にやられました。全滅に近い状態です」。局員は焼け残りケーブルの回収に奔走、8月13日には試験開通し、15日には14回線を復旧した。一日でも早い回線の復旧は、市民に「希望の声」を届ける最初の息吹となった。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
HBC報道スペシャル 老いの漂流 ~600万人の孤独~

経済的に困窮する単身高齢者が急増している。徘徊中に保護された80代女性を通じ、行き場なき高齢者と超高齢社会の現実を見つめる。「600万人の孤独」(2015年5月放送)を再構成・追加取材した番組。◆有料老人ホームで暮らす85歳の女性。単身生活を送っていたが、他人の家に上がりこみ保護された。身寄りのない女性の部屋はゴミであふれ、施設入所を勧められていても拒んでいた。保護をきっかけに、市は「自立生活は困難」と判断。認知症も判明し、有料老人ホームでの生活が始まったが、利用料の値上がりで、年金と生活保護だけでの支払いは難しく費用の安い施設へと移ることになった。しかし、そこは自治体への届け出なしに運営されている、いわゆる「無届け老人ホーム」。国は高齢者の安全確保のため、有料老人ホームの運営者に自治体への届け出を求めているが、設置条件などを満たすにはコストがかかるため、無届けのままの施設が多い。単身高齢者は全国に600万人。その4割以上が、月の年金収入が10万円にも満たない。介護が必要になっても、頼る相手も経済的な余裕もない、低所得の高齢者が急増。外部の監視が届きにくいと問題視されながらも、費用の安さから無届け施設はいまや「超高齢社会」を支える存在になっている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
戦後70年報道特別番組 京都は守られたのか ~知られざる原爆投下計画を追う~

全国の都市の中で唯一、大きな戦禍をまぬかれた古都・京都。しかし、この京都に原爆を投下する計画があったことはあまり知られていない。“京都に空爆がなかったのは文化財を守るためだった…”。まことしやかに語られてきた古都の通説には、意外な裏側があった。広島・長崎だけではなかった“京都への原爆投下計画”とは、どのようなものだったのか。アメリカの機密文書や当時を知る人たちへの取材から明らかにする。◆1945年7月24日、滋賀県大津市の東レ工場に1発の爆弾が落とされた。その爆撃地点には、石碑はもちろん、なんら痕跡もない。まさに「忘れられた空爆」だ。空爆が少なかった大津に突如爆弾が落とされたのは、実は京都を想定した模擬原爆、つまり予行練習だったという。アメリカ軍の機密文書などには、原爆の投下目標を選定する委員会の記録が残っており、京都は広島と並んで第一目標になっていた。原爆は「広島・長崎」に投下されたが、実は京都への原爆投下計画は残っていた、というのだ。◆一方、京都への原爆投下計画が密かに進行する中、多くの文化財、国宝を抱える京都の寺社では、いつ襲い掛かるか分からない米国の空襲に備えて、様々な計画が秘密裏に進められていた。そのひとつが、醍醐寺に京都府下の国宝や美術品を疎開させる計画だ。なぜ京都府の社寺課は醍醐寺を選んだのか、そしてどのような防空防火対策を施していたのか。府や醍醐寺に伝わる文書や証言をもとに、当時の様子を描く。また西本願寺では、親鸞聖人木造を密かに奈良の山奥にある寺に疎開させていた。◆番組では、戦時下の知られざる“京都の実像”をつまびらかに浮き彫りにし、あの戦争で何が起き、京都の人たちはどのようにして町を守ろうとしていたのかを伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.