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テレビ番組

テレメンタリー2015 “3.11”を忘れない59 花咲く田んぼ

番組ID
210229
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放送日時
2015年10月30日(金)01:53~02:23
時間(分)
26
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
福島放送(KFB)
製作者
福島放送(KFB)
制作社
福島放送(KFB)
出演者
ナレーション:斉藤佑圭
スタッフ
取材:鎌田侑樹、取材:菅野喬、取材:吉田雄峰、取材:安村理沙、取材:高村真央、撮影:佐藤俊哉、撮影:渡部鉄彦、撮影:今井由水、撮影:滝沢純、撮影:大島修、撮影:渡辺淳、撮影:石幡敬一、題字:片野尚美、テロップ:金成幸映、編集:佐藤俊哉、音響効果:番匠祐司、ミキサー:妻藤卓也、プロデューサー:宇野英人、ディレクター:鎌田侑樹
概要
福島第一原発の20km圏内、次の春には避難指示が解除される予定の南相馬市小高区。原発事故後の避難で荒れ果てた農地を前に、農家は3年半にわたって農業を取り戻すための挑戦を続けてきた。検査用の米作りから始めて、食べるための米を収穫するまでに至った。しかし今、農家は米作りに代わる農業の模索を本格化させている。避難指示が解除される土地で、どうすれば採算がとれる農業が出来るのか。挑み続ける農家の取り組みを追った。
受賞歴
ギャラクシー賞(第53回報道活動部門選奨)

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1971年3月、愛知県体育館で開催された「世界卓球選手権」。東西冷戦の時代、断絶していた中国とアメリカが手を取り合うきっかけとなった大会だ。荘則棟(そうそくとう)はその「ピンポン外交」の立役者。彼は世界卓球選手権を3連覇し、建国間もない中国に夢と希望をもたらした「民族の英雄」だった。◆この時に名古屋で荘則棟と出会い、後に妻となった佐々木敦子さんは、1944年に当時の満州で生まれた。獣医だった父親の研究継続のため、終戦後も家族で中国に残ることになり、未開の中国西域に移り住んだ。その後、父親が亡くなり、敦子さんは22歳で初めて日本で暮らすことになる。しかし祖国での暮らしに馴染めず、心は中国を求めていた。◆そんな時に世界卓球選手権大会が開かれた。中国代表チームの参加が報じられ、敦子さんはたまらずに名古屋へ向った。中国チームのいるホテルを訪ねた敦子さんに、たまたま応対したのが荘則棟だった。荘は「日中友好に貢献を」と言葉を掛けたという。そして敦子さんは大手商社の中国駐在員となる。荘はスポーツ大臣にまでなっていたが、毛沢東が亡くなり、それまで権力を握っていた「四人組」が失脚。荘は四人組の協力者とみなされ、4年間監禁された後、地方へ追放された。◆敦子さんは荘則棟の境遇を知り、北京で荘と再会した。そして何とか彼を救おうとし、いつしか2人は恋に落ちた。しかし中国政府は2人の結婚を認めなかった。大きな犠牲を払い結婚した2人に、20年以上は幸せな日々が続いた。しかし2013年に荘がガンで死亡。そして中国当局はかつての「英雄」の葬儀を禁ずると告げてきた。


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