テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

YTSスペシャル 飛島移住ものがたり

番組ID
210214
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年07月13日(月)19:00~19:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形テレビ(YTS)
製作者
山形テレビ(YTS)
制作社
山形テレビ(YTS)、プライド・トゥ
出演者
ナレーター:寺瀬今日子
スタッフ
題字:未来、撮影:村岡広太、撮影:結城一晶、空撮:加藤祐一、空撮:齋藤圭介、音声:佐藤毅、CG:大場隆次、音響効果:高橋幸輝、MA:山口智美、編集:齊藤正、ディレクター:齊藤正、プロデューサー:庄司勉
概要
山形県唯一の離島・飛島に移住者が急増している。人口230人ほどの小さな島に、県内外から15人ほどが移住した。その発端は2009年、渋谷聡さん・わかさん夫婦が3人の子供を連れて飛島へ移住し、島で初となる介護事業所を立ち上げたこと。子供たちの転入で、9年間休校していた飛島小学校が再開した。配送サービスや加工所開設など、渋谷さん家族は一丸となって飛島に根付こうとする。しかし、利用者のおばあちゃんの死、高校入学で長男が島を離れるなど、家族は様々な状況に直面。そんな中、「飛島で子育てをしたい」と都会からシングルマザーの親子が現れる。飛島の移住ムーブメントを追いかけた6年間の記録。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’15 凍土の記憶 ~シベリア抑留を伝える女子高校生~

戦後、満州やシベリア抑留からの引き揚げ者を受け入れた港は、全国に18か所。呉、佐世保、博多などが次々と港を閉じる中、舞鶴港は1958年9月まで、実に13年間にわたって受け入れを続けた。その数、約66万人、遺骨1万6千柱。◆京都府綾部市の原田二郎さんは引き揚げ者の一人。戦争で満州に衛生兵として送られた原田さんは、終戦後、シベリアで4年間の抑留生活を送った。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し、命からがら舞鶴港に引き揚げたが、毎晩、悪夢に苦しんだ。満州で負傷兵を殺したときのことが蘇る。悪夢は50年続いた。苦しみを誰にも打ち明けたことはなかったが、ある日、婦人会で自らの体験を語ったところ、その晩から悪夢がすっと消えた。地元の「舞鶴引揚記念館」で語り部ボランティアを始めたのは6年前のことだ。戦争という過ちを二度と繰り返してほしくないという強い思いがある。◆そんな原田さんの体験を引き継ごうと取り組みを始めたのは、地元の東舞鶴高校英語部の生徒たち。2014年、原田さんの話をスピーチにまとめ、「ユネスコ世界記憶遺産」への登録を呼びかける活動を始めた。人口9万人の小さな港町が果たした、歴史上の大きな役割。舞鶴市の歴史とシベリア抑留の現実を、自分たちの言葉や感性で伝えようと取り組む女子高校生たち。一方で戦争体験者の高齢化は否めず、90歳の原田さんは休力の限界もあり、語り部活動を引退しようと考え始めている。原田さんと女子高校生の交流を通して、「記憶の継承」の重要性について考える。シリーズ戦後70年。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.