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テレビ番組

NNNドキュメント’14 山津波 宅地開発の死角 広島土砂災害の教訓

番組ID
209482
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放送日時
2014年09月22日(月)00:50~01:20
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
広島テレビ放送(HTV)
製作者
広島テレビ放送(HTV)
制作社
広島テレビ放送(HTV)
出演者
ナレーター:松本光生
スタッフ
撮影:日野知行、撮影:高橋文和、撮影:安達忠久、撮影:井田健太、ミキサー:浜口崇、音響効果:加藤久喜、編集:井手愛子、デザイン:金光由香、ディレクター:加藤紗千子、プロデューサー:佐藤宏
概要
2014年8月20日、土石流が広島市の住宅街を襲い、74人が死亡した。被害に遭ったのは昭和30~40年代から急速に宅地化が進んだエリア。そこには広島特有の地形や住宅事情があった。広島市では1999年にも死者、行方不明者32人を出した豪雨土砂災害が発生し、防災体制を強化していたはずだった。しかし今回の災害で広島市が避難勧告を出したのは犠牲者が発生したあと。さらに県もこの地区を土砂災害警戒区域に指定できていなかった。被災者たちは口々に言う「まさか、うちが…」。山裾の住宅地は今、危険と隣り合わせの厳しい現実を突きつけられている。広島市が土砂災害に見舞われて1ヶ月。宅地開発の死角を探る。
受賞歴
ギャラクシー賞(第52回奨励賞)

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養子とは知らずに育った少年が、自分の出自を知るなかで産みの母や育ての母たちの本当の思いを知り、成長してゆく物語。中京テレビが取材制作し、数々の賞を受賞した特別養子縁組がテーマのドキュメンタリー番組をもとにドラマ化した作品。◆両親の愛情に包まれ、お人好しでフツーな19歳に成長した浪人生・山瀬健太(中村蒼)は、ある日突然、自分が養子であることを知ってしまう。実の親と信じて疑いもしなかった父母とは血のつながりがなかった…。健太は自分の出自と産みの母のことを知りたいと、特別養子縁組の仲介をおこなったNPO「スマイルベビー」を訪れる。そこは、様々な深刻な事情を抱えた妊婦たちが身を寄せる駆け込み寺的な場所だった。どうしても赤ちゃんを育てられない妊婦たちは、出産後すぐに「スマイルベビー」代表、奥田貴子(室井滋)の仲介で特別養子縁組を行い、養父母に実子として託す。特別養子縁組は、子供のための制度。「ひとりでも多くの赤ちゃんの命を救いたい!幸せな人生を送らせてあげたい!」と日々奔走する貴子は、明るく豪快。全てを包み込む包容力の持ち主であるとともに、自らも悩みながら養女を育てるシングルマザーだ。健太の出自を全て知る彼女に促されるまま、しばらく「スマイルベビー」で過ごすことになった健太は、貴子や妊婦たちとふれ合うなかで、産みの母、育ての母への新たな思いが芽生える。そして、健太は“産みの母との再会”を果たすことができるのか。


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