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テレビ番組

イチスペ! 拉致 ~帰り待ちつづけ~

番組ID
209452
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放送日時
2014年10月26日(日)10:55~11:25
時間(分)
24
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本海テレビジョン放送(NKT)
製作者
日本海テレビジョン放送(NKT)
制作社
日本海テレビジョン放送(NKT)
出演者
ナレーション:桑原秀和
スタッフ
カメラ:小原友嗣、カメラ:宮崎奈穂、編集:中原淳一、美術:川合衣光子、ディレクター:小谷憲司、プロデューサー:河野信一郎
概要
日本海に面した鳥取県米子市に暮らす松本孟さんは、妹・京子さんの帰りを37年間待ち続けている。京子さんがいなくなった日の午後8時過ぎ、自宅近くの路上で見知らぬ男性2人と京子さんが一緒にいるところを、近所の住民が目撃。それを最後に京子さんの行方は分からなくなった。孟さんと母・三江さんは、京子さんが北朝鮮に拉致された可能性を訴え続ける。2006年に、ようやく拉致被害者として政府認定されたが、その6年後、母・三江さんは娘との再会を果たせず、亡くなった。◆孟さんは、一目でもいいから母に京子さんを会わせたかったというやり場のない思いを抱きながら、妹の情報を待つ日々がいまも続いている。こうした中、民間団体によって、北朝鮮の工作員に関する調査が進められている。島根県益田市の調査では、工作員が上陸ポイントとして使っていたとされる海岸についての特徴や、周辺での活動状況が一部明らかになった。◆一方その島根県では、41年前に津和野町の益田ひろみさんの行方が突然分らなくなっている。母・シゲ子さんはすでに90歳。認知症を患って介護施設に入っているが、娘のことを決して忘れてはいない。「写真でも名前だけでもいいから消息を知りたい…」こうした拉致被害者家族、特定失踪者家族の思いを取り上げた。
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