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テレビ番組

おしゃべりな絵 心のウンコを見てみよう

番組ID
209357
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放送日時
2014年05月24日(土)15:00~15:55
時間(分)
49
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
福井放送(FBC)
製作者
福井放送(FBC)
制作社
福井放送(FBC)
出演者
ナレーター:久米明
スタッフ
撮影:八木義純、編集:八木義純、テロップ:寺前伸治、ミキサー:山口誠、音響効果:増子彰、ディレクター:岩本千尋、プロデューサー:井上寿美枝、チーフプロデューサー:大坂治久
概要
福井県若狭町の公立保育園8園では、子どもが描いた絵から心の内側を読み取り、成長に生かしていく保育に30年も取り組んでいる。絵に表れた本当の気持ちを汲んで、子どもと向き合い、普段の遊びを充実させ、自立心や社会性を育んでいく「心の保育」。保育士と一緒に絵を見つめていくのは、現代美術作家の長谷光城さんだ。◆番組に登場するのは3人の子どもたち。絵を見て長谷さんいわく、カンナちゃん(3歳)が画用紙一面を真っ赤に塗りつぶしたのは「幕に隠れた自分」。ケンショウ君(5歳)が描いた小さな塊の絵は「自信が持てない自分」。マリナちゃん(5歳)のギシギシした筆遣いは「苦しむ自分」。◆子どもの絵は「心のウンコ」。ウンコ=大便。絵は子どもからの「大きな便り」だととらえ、保育士たちは、その子その子に応じた関わり方で、育つ力を信じて見守る。辛いことも、悲しいことも自分の心でしっかり受け止めていってほしい。それがきっと大きな笑顔につながっていくはず。子どもたちの伸びやかな成長を追った一年の記録。
受賞歴
ギャラクシー賞(第52回奨励賞)

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