テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NNNドキュメント’14 舞妓になりたい 京都・祇園 15歳のこたえ

番組ID
209429
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年07月21日(月)00:50~01:20
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
製作者
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
制作社
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
出演者
ナレーション:林マオ
スタッフ
撮影:中村真弓、編集:芦田諒平、EED:中澤丈、音響効果:鈴木宗寿、MA:中澤哲矢、取材:坂口春奈、ディレクター:堀川雅子、プロデューサー:藤田和昭、チーフプロデューサー:坂泰知
概要
京の花街・祇園。伝統と格式を誇る京都一の花街だ。2013年4月、舞妓さんにあこがれた15歳の少女ふたりが、故郷を離れて祇園の置屋に入門した。熊本県出身の田端彩乃さんと島根県出身の片寄佑香さん。彩乃さんは几帳面でしっかり者。「日本を代表する舞妓になりたい」と夢を語る。一方の佑香さんはおっとりとしたマイペース派。男手ひとつで育ててくれた父親が亡くなり、「祇園で生きていくしかない」と誓った。ふたりを待ち受けていたのは厳しい修業生活。そして思春期の多感な少女たちが一つ屋根の下で暮らすうち、関係がギクシャクし始める。はたして無事、舞妓になれるのか…。◆テレビや映画などの影響で志願者は増加しているのに、祇園の舞妓は年々減少しているという現状。その大きな理由の一つが、舞妓の修行「仕込み期間」の厳しさだ。番組では、一般の人の目に触れることのない“舞妓の世界の裏側”に完全密着。舞妓修行に入門したふたりの少女の姿を通して、迷いながらも夢を追い成長していく力強さ、そして支えてくれる人たちへの思いを伝える。

同じ年代の公開番組

教えて池上さん! 親子で見てほしい 北海道のあのモンダイ

日本が抱える重要な問題の一つに「人口減少問題」があるが、北海道はその“最先端”を走っており、日本創生会議が発表した2040年の消滅可能性都市は、道内自治体の78%に及ぶとされた。課題の“先進地”である北海道の現状を取材し、ジャーナリストの池上彰が「人口減少社会にどう生きるべきか」提言を行う緊急スペシャル番組。◆番組で取り上げる自治体は、「鶴居村」:世帯数が過去最多となった鶴居村。移住者増加のための子育て世代の支援策や基幹産業である酪農の振興策を取材し、人口増加までの道のりを紹介する。「帯広市」:ほぼ毎年、就職率100%、しかもほとんどが地元就職という帯広南商業高校の取り組みを取材。いかにして人材の“自給自足”を進めているかを伝える。「札幌市」:人口減とは縁がないと思われがちな大都市・札幌でも、一部の地区では住民の高齢化・人口減少が進んでいる。その地域に暮らす高齢者や自治体への取材を通して、原因と今後の課題を検証する。「当別町」:高齢化率27.5%の町の新しい取り組み。高齢者が支援されるだけでなく、ボランティアとなり、町に活気を生み出している仕組みと、その仕掛け人を取材する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ヒロシマを遺した男 ~原爆資料館 誕生秘話~ “The Man Who Preserved the Legacy of Hiroshima: The Story Behind the Peace Memorial Museum”

年間140万人が訪れる広島市の原爆資料館(広島平和記念資料館)。無残にも奪われた魂の叫びを国内外に伝え続けてきた。その原爆資料館が一人の男の信念によって生まれたことを知る人は、今となってはほとんどいない。◆広島文理科大学(現・広島大学)で地質鉱物学を指導していた長岡省吾さん。原爆投下の翌日、広島市内に入り、腰かけた石灯ろうが剣山のようにとがっていることに驚いた。「特殊な爆弾」だと直感した彼は、その後、焼け野原を歩き、焼けただれた石や瓦、ビンなどをひたすら集める続けるようになった。自宅はそんな「ガラクタ」でいっぱいだった。長岡さんは集めた石や瓦を公民館の一室で展示し始めた。生き残った者の使命として、「あの瞬間」に何があったのか伝えなければならない。そこには強い信念があった。◆被爆10年後、その信念が原爆資料館を生んだ。長岡さんは初代館長に就任することとなった。今では長岡さんについての資料はほとんど残っていない。番組では、わずかな手がかりをもとに国内外に当時を知る人々を訪ね歩き、長岡省吾さんの軌跡を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
あの日の校庭に誓って ~大川小学校 遺族の日々~

東日本大震災の津波で、児童と教職員84人が犠牲となった石巻市立大川小学校。「学校管理下」で起きた未曾有の事故について、震災後、石巻市教育委員会、第三者事故検証委員会が調査してきたが、核心の問題は明らかとならないままだ。その核心の問題とは、地震発生から津波襲来までのおよそ50分間。「あの日、子供たちは誰の指示で、雪の降る校庭に留まったのか…」。◆さらに遺族たちを追い詰めたのは、事故後の市教育委員会の不誠実とも言える対応だった。苦渋の立場にありながら、子供を亡くした親たちは、それでも真実を解き明かそうと、今ももがき続けている。裁判を選んだ遺族、選ばなかった遺族、真実の究明に選んだ道は違えど、その思いは同じである。それぞれの親たちの未来に向けた一歩を描く。◆震災発生から3年5ヶ月あまり。親たちが抱く我が子への深い愛情は、あの時から何も変わっておらず、そしてこれからも決して変わることはない。深い愛情で育てられた子供たちが、突然犠牲となった2011年3月11日。余震が続き、雪が降り、不安だった、空白の50分間の子供たちの姿を見つめることで、命の意味を問う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.