テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

わが町バンザイ 大船渡SP

番組ID
209179
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年03月09日(水)19:00~19:54
時間(分)
47
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
新沼謙治、大塚富夫、ナレーション:河辺邦博
スタッフ
タイトル:村井未佳、ヘアメイク:清原まゆ子、AD:宮崎格、撮影:千葉貴秋、撮影:中田孝春、撮影:佐藤孝、音声:高橋勝士、構成:鹿野純之介、プロデューサー:堀米道太郎
概要
IBCアナウンサーたちが岩手県内各地をアポなし・ぶらり歩きする「わが町バンザイ」。この回は1時間スペシャルとして、ゲストに歌手・新沼謙治さんを迎え、出身地・大船渡市を大塚富夫アナと歩く。東日本大震災から5年、新沼さんの目にふるさとの風景はどう映るのか。◆最初に訪れた仮設商店街では「謙治さん、謙治さん」と歓待されるものの、お客様扱いはまったくなし!。実は新沼さん、デビュー以降もふるさとを大事にし続け、結婚披露宴、デビュー後の節目のコンサートなど、ことあるごとに大船渡での開催にこだわってきた。地元にしてみれば親戚のような感覚なのだ。3代続く女系家電販売店や、デビュー前、歌に想いをはせた思い出の体育館などを訪ね、当時と変わらぬ人たちに感激する。自身の菩提寺では、震災の年に亡くなった愛妻と津波の犠牲者を偲んだ観音像に花をたむけた。母校の中学校に立ち寄ると、女子生徒が駆け寄ってきて「覚えていますか」との問い。新沼さんとの関係とは…。

同じ年代の公開番組

日本遺産〔1〕 海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群(福井県) / 鯨とともに生きる(和歌山県)

日本各地の有形無形の文化財を歴史的ストーリーで結び合わせ、文化庁が認定した「日本遺産」を各回2件ずつ紹介し、今まで知っているようで知らなかった日本を美しく描き出す。(シーズン1:2016年11月13日~2017年1月29日放送、全11回)◆第1回。前編:「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 ~御食国(みけつくに)若狭と鯖街道~」。古来若狭は、朝廷に食材を献上する地方、御食国だった。鯖やぐじなどの豊富な魚介類などが京に届けられ、日本海と京を最短で結ぶその運搬の道は“鯖街道”とも呼ばれる。反対に都からは中央の様々な文化・風習が伝わった。若狭地方だけに残る、都の文化の痕跡をたどる。◆後編:「鯨とともに生きる」。鯨は日本人にとって信仰の対象となる特別な存在であった。人々は、時折浜辺に打ち上げられた鯨を食料や道具の素材などに利用していたが、やがて生活を安定させるため、400年ほど前に捕鯨に乗り出した。捕鯨の長い歴史を持つこの地域では捕鯨の面影を残す旧跡が町中や周辺に点在し、鯨にまつわる祭りや伝統芸能、食文化が今も受け継がれている。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
夢も希望もないのにね ~元ハンセン病患者の生涯~

香川県高松市の沖合に浮かぶ大島にあるハンセン病療養所「大島青松園」。ここで暮らす一人の元ハンセン病患者がいる。「なぜ生きているのか。夢も希望もないのにね」。そう語りながら83年の生涯を閉じた。元患者の山本隆久さんは、15歳でハンセン病を発病、19歳で大島に強制隔離された。ハンセン病は「らい菌」による感染症で、感染力は極めて弱く、完治する病気だったにも関わらず、「うつる、遺伝する」といった誤解や偏見から強い差別を受けた。長年にわたり国の隔離政策が続いたため、患者は親兄弟と縁を切られ、本名を捨てて偽名を名乗り、療養所に閉じ込められ、過酷な生活を余儀なくされた。一方で、元患者の山本さんの存在は、人と関わることや生きることの大切さを伝える。2010年から大島などを舞台に始まった瀬戸内海国際芸術祭では、山本さんが陶芸の先生役となり、県内外の人々と制作活動に励んだ。2011年の東日本大震災では、原発の放射能被害によって、ふるさとを追われ、言われなき差別を受けた被災者たちのために、献身的に尽くした。「人として生きることの尊さ」を山本さんの生涯を通して見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.