テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

消えゆく記憶 ~発掘された原爆写真~

番組ID
208891
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年05月30日(月)01:50~02:44
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
長崎放送(NBC)
製作者
長崎放送(NBC)
制作社
長崎放送(NBC)
出演者
ナレーション:塚田恵子、ナレーション:岩本彩
スタッフ
美術:山口正記、美術:松永舞利菜、MA:原口安裕、撮影:加藤宏幸、編集:加藤宏幸、ディレクター:岩本彩、プロデューサー:真島和博
概要
1945年、原爆を投下したアメリカは被爆直後の長崎に入り、多くの写真を撮影した。その写真の数々は今もアメリカ国立公文書館に保管されている。被爆から70年の節目を迎えた2015年。長崎市は米国に数多く残る記録を入手しようと、写真の掘り起こしを行った。調査に協力したのは長崎市の被爆者・深堀好敏さん、86歳。戦後40年近く、原爆関係の写真について撮影場所や被写体などを調べ続けている、この道の第一人者だ。深堀さんはアメリカ国立公文書館を訪ね、第二次世界大戦時の膨大な量の歴史的資料の中から、被爆直後の長崎で撮影された2千枚以上の写真を探し出す。NBC取材班はその米国調査に同行し、帰国後、発掘された貴重な写真をもとに、そこに刻まれた「70年前の事実」を訪ね歩いた。被爆者が少なくなる中、原爆の実相を伝えていく資料として注目される写真について、改めて検証する。

同じ年代の公開番組

生きて“カエル” ~海軍士官が残した書~

1941年12月23日、別府市の料亭「なるみ」に海軍の隊員たちが集まり、真珠湾攻撃の祝勝会が開かれた。参加していたのは、第一撃を落としたとされる高橋赫一海軍少佐らである。この時、料亭の亭主にお礼として、機密だった真珠湾攻撃の写真を密かに手渡した。その写真とともに残したのが、「一撃必中」と書かれた書であった。以後、なるみを訪れた海軍士官らが書をしたためるようになり、1944年末までに300人以上の隊員の書が残されている。多くは「必中」や「撃沈」など勇ましい言葉が並ぶが、その中には、生きて故郷に戻ることを絵で表したとされる「力エル」など、文字では表せない隊員の思いを描いたものもあった。1944年の暮れ、なるみには特攻出撃を控えた隊員が訪れるようになる。最後に残されたのは、1か月後に出撃することになる隊員の書。文字こそ「必中」などと変わりはないが、それまでのものとはまったく異なる荒々しさがあり、覚悟とともにやりきれなさを感じる。残された書を通して、当時の隊員の思いを伝える。◆平成28年度文化庁芸術祭参加作品


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
仮面ライダーエグゼイド〔1〕 I’m a 仮面ライダー!

「バグスターウイルス」によって引き起こされるゲーム病。電脳救命センターに所属する宝生永夢は、仮面ライダーエグゼイドとして、ゲーム病に罹った患者の命を救うため、戦い続ける。平成仮面ライダーシリーズの第18作。原作:石ノ森章太郎。(2016年10月2日~2017年8月27日放送、全45回)◆第1回。西暦2000年、人体に寄生し、成長することで怪人を生み出すゲーム病を発症させる新種のコンピュータウイルス・バグスターウイルスが誕生した。事態を重く見た衛生省は、人知れずこの脅威と戦う組織「CR(電脳救命センター)」を設立。CRのエージェント、仮野明日那(松田るか)はバグスターを倒すことのできる仮面ライダーの適合者を探していた。一方、人の命を救いたいと医者の道を選び、聖都大学附属病院で小児科に勤務する宝生永夢(飯島寛騎)は、日々研修医として奮闘していた。ある日、永夢は、担当する患者にバグスターウイルスを発見するが、院長命令により担当を外されてしまう。しかし、遂にゲーム病が発症し、患者の体は乗っ取られようとしていた。永夢はバグスターウイルスを治療するため、「ゲームドライバー」を使い、仮面ライダーエグゼイドに変身する。明日那が探していた仮面ライダーの適合者は永夢だったのだ。


crib幼児・子供recent_actorsドラマtvテレビ番組
日本遺産〔6〕 “日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島(愛媛県・広島県) / 木曽路はすべて山の中(長野県)

日本各地の有形無形の文化財を歴史的ストーリーで結び合わせ、文化庁が認定した「日本遺産」を各回2件ずつ紹介し、今まで知っているようで知らなかった日本を美しく描き出す。(シーズン1:2016年11月13日~2017年1月29日放送、全11回)◆第6回。前編:「“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島―よみがえる村上海賊“Murakami KAIZOKU”の記憶―(愛媛県・広島県)」。中世に瀬戸内海を支配したのは、舟の操作に長けていた村上海賊だった。彼らは激しい潮流を味方につけ、冷静に潮を読む海の科学者であった一方、自然を敬う気持ちを様々な形で表した。この海城や祭りなどに残る村上海賊の記憶をたどる。◆後編:「木曽路はすべて山の中~山を守り山に生きる~(長野県)」。豊かな木曽の山林だが、江戸時代初期には木材需要の急増で伐採が進み、森林資源枯渇に陥った。所管する尾張藩は、禁伐を柱に森林保護に乗り出し、木曽谷の人々は、新たな地場産業に活路を見出した。その結果、木曽漆器などの特産品は御嶽登拝の人々などによって全国に広められた。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組