テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

RBCザ・ニューススペシャル みずほの日々 精神障害者とともに生きる

番組ID
207684
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年04月25日(水)19:00~19:54
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
琉球放送(RBC)
製作者
琉球放送(RBC)
制作社
琉球放送(RBC)
出演者
スタッフ
テロップ:與那嶺千枝、MA:茶畑三男、編集:崎山拓、撮影:原義和、取材:原義和、構成:原義和、プロデューサー:砂川裕
概要
沖縄県那覇市の福祉作業所「就労支援センター・みずほ」。伊集滝美所長は精神障害者たちの生きづらさや苦労、楽しさ、喜びに日々寄り添っている。「みずほ」の人たちが繰り広げる毎日のドラマを見つめる。◆「みずほ」メンバーの直子さんは、よく気持ちが不安定になり、リストカットを繰り返す。痛々しい切り傷を見せられた伊集さんは「また切ったの?」などと軽くあしらうが、直子さんの不安が時として本格的な自殺願望に変わることもあり、目が離せない。死にたい気持ちに苛まれてどうしようもなかった時、夜中でも電話で話し合ったという2人の関わりは、重荷をともに背負う姿そのものである。◆由美さんは閉鎖病棟に10年も入院している。症状は安定しているが、地域の受け皿が無いために退院ができないという典型的な社会的入院だ。彼女が将来の退院を見据え、外の空気に少しずつ慣れようと「みずほ」に週2回通うことになった。「みずほ」では入院中の由美さんを事業所の利用者として登録できないので、行政からの支援は受け取れない。それでも伊集さんは「病棟暮らしを余儀なくされている人が、一人でも多く地域に出られれば」と受け入れを決めた。

同じ年代の公開番組

ボーンマンの約束 ~遺骨収容人 70年目の真実~

その壮絶な生き様から、近年オーストラリアで共感を呼び、「ボーンマン」(遺骨収容人)として広く知られている元日本兵、西村幸吉さん92歳。西村さんは1941年、高知市に駐屯地を置く、日本陸軍直轄の特殊部隊「南海支隊」の一員として戦地ニューギニアに出兵。そこは日本兵10数万人が亡くなった苛酷な戦地だった。厳しい戦況に追い込まれる中、日本軍は撤退を余儀なくされる。怪我や飢え、マラリアなどで置き去りにされる多くの戦友たち。その戦友に西村さんは「必ず、お前たちの骨を拾い、日本に届ける」と約束した。◆復員後、西村さんは機械設計の会社で成功するものの、還暦を迎えた頃、戦友との約束を果たすためだけに社会的地位や幸せな家庭までも捨て、パプアニューギニアへ移住する。パプアニューギニアでの日本兵の遺骨のほとんどは戦地に放置されたままだった。ひどい場合は、欧米観光客の見世物にされていた。このままでは戦死した仲間が報われない…。西村さんは国に代わって戦友の遺骨を探し続け、これまでに少なくとも600体以上の遺骨を掘った。◆オーストラリアではいま、生涯をかけ戦友の遺骨を拾う西村さんの生き様を、高校生が授業で学んでいる。オーストラリア兵の視点だけでなく、日本兵の立場からも戦争の歴史を見つめ、同じ過ちを繰り返さないようにという考えからだ。高校生たちは、個人で遺骨収集を行う西村さんの姿に驚き、感銘を受ける。◆2011年7月、西村さんは恐らく最後となるだろうパプアニューギニアの慰霊に遺族らと訪れた。戦友との約束にけじめをつけるため、また数少なくなった戦争体験者として戦争の事実を語り伝えたいと考えたからだった。西村さんがなぜ、戦友との約束を守ろうとしたのか。彼にとって「約束」とは何か…。そこには70年目にして明らかになった、彼と戦友との命をかけた重い真実があった。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.