テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

しまじろうのわお!〔1〕

番組ID
207566
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年04月02日(月)07:30~08:00
時間(分)
24
ジャンル
crib
幼児・子供
cruelty_free
アニメーション
groups
芸能・バラエティー
放送局
テレビせとうち(TSC)
製作者
テレビせとうち(TSC)
制作社
テレビせとうち(TSC)、ベネッセコーポレーション、電通
出演者
声:南央美、声:高橋美紀、声:山崎たくみ、声:杉本沙織、声:井上喜久子、声:茶風林秋田まどか上村敬治大島夢希、ナレーション:春風亭昇太、ナレーション:谷口節、ナレーション:千葉繁、ナレーション:中尾衣里元ちとせ、エンディングテーマ:PUFFY
スタッフ
企画:杉山豊、原案:国本雅之、原案:みやしたはんな、原案:上北ふたご、監修:はるなゆきのり、キャラクターデザイン:ひびのこづえ、監督:しぎのあきら、構成:岸間信明、CG:長谷部哲也、CG:長谷川達也、CG:中村章子、CG:大西絢子、美術:水谷利春、音響:春日一伸、プロデューサー:野崎慎太郎、プロデューサー:鮫島康輔、プロデューサー:藤原裕樹、プロデューサー:勝俣円、AP:板橋基之、AP:石井佳美、制作進行:木村友洋、制作進行:齋藤豪、制作進行:福島徹也、制作進行:丸田耕平、制作進行:渡辺桂、制作進行:高橋紗弥佳、クリエイティブD:岡本欣也、企画:国井美果、ディレクター:村上健、総合演出:平林勇、演出:江里口徹平、演出:朝日恵里、演出:丸本大輔、演出:米澤美奈、撮影:鈴木昌博、撮影:中島古英、撮影:橋本清明、撮影:藤原裕樹、照明:斎藤徹、照明:清水健一、照明:野村寿寛、音声:土方裕雄、美術:植村ひろみ、ヘアメイク:Nori、スタイリスト:望月恵、キャスティング:岡田知子、アニメーション:廣瀬秋馬、アニメーション:水江未来、アニメーション:ひらのりょう、音楽:渡邊崇、音響効果:飯嶋慶太郎、編集:山本徳、編集:松本千秋、監修:沢井佳子、監修:二瓶健次、プロデューサー:佐々木貴朗、プロデューサー:古川慎
概要
世界の、自然の、不思議がいっぱい!「わお!」(驚き)がつまった30分。親子で楽しめる、しまじろうのアニメ・知育バラエティ番組。原案:ベネッセコーポレーション、企画:こどもちゃれんじ。◆しまじろうアニメ「ぼうけん!ちゃれんじじま」:今日はポカポカいい天気。じっとしていられないしまじろうたちは、元気に外に飛び出していく。野原で花や昆虫を見つけたり、海岸の砂山でソリ滑りをしたりと、みんなはいっぱいの自然の中で大はしゃぎ。そんなとき、洞窟に続く謎の足跡を発見。みんなはおそるおそるその中に入ってみるが…。◆他のコーナーは「マッチョさん」「きょうからしりあい」「だい!おうえんだん」「みわたすのき」「しぜんでライブ」「なに、さわってる?」「せかいのいろいろ」「そとへでようのうた」など。

同じ年代の公開番組

分断された音楽の架け橋 ~指揮者 柳澤寿男 1530日の闘い~

『戦場に音楽の架け橋を~指揮者柳澤寿男コソボの挑戦~』の続編。◆ミトロヴィッツァでのコンサート成功から3年。民族を超えたオーケストラ「バルカン室内管弦楽団」は世界中で評価され、世界各地に招聘されるほどになった。しかし、ミトロヴィッツァの「分断の橋」は、2011年9月に多くの重軽傷者を出す民族間の衝突が起こり封鎖されていた。音楽は無力なのか…。絶望の淵に叩き落されたその時、柳澤は客演を依頼されて訪れたアルバニアの町でバルカン半島を流浪するロマ民族に出会う。独自の言葉を話す彼らの奏でる「音」とオーケストラとの共演を思いついた柳澤。果たして共演はうまくいくのか…。◆柳澤はいまだコソボ独立を容認しないセルビアの首都ベオグラードで「民族を超えたオーケストラ」の実現に奔走していた。幼いころに別れた祖母に会えるかもしれないという団員の想いをよそに、コンサートの実現を前に様々な障害が立ちはだかる。音楽の力を信じ、心の中の国境という厚い壁を乗り越えようとする指揮者の1530日を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーmusic_note音楽tvテレビ番組
ボーンマンの約束 ~遺骨収容人 70年目の真実~

その壮絶な生き様から、近年オーストラリアで共感を呼び、「ボーンマン」(遺骨収容人)として広く知られている元日本兵、西村幸吉さん92歳。西村さんは1941年、高知市に駐屯地を置く、日本陸軍直轄の特殊部隊「南海支隊」の一員として戦地ニューギニアに出兵。そこは日本兵10数万人が亡くなった苛酷な戦地だった。厳しい戦況に追い込まれる中、日本軍は撤退を余儀なくされる。怪我や飢え、マラリアなどで置き去りにされる多くの戦友たち。その戦友に西村さんは「必ず、お前たちの骨を拾い、日本に届ける」と約束した。◆復員後、西村さんは機械設計の会社で成功するものの、還暦を迎えた頃、戦友との約束を果たすためだけに社会的地位や幸せな家庭までも捨て、パプアニューギニアへ移住する。パプアニューギニアでの日本兵の遺骨のほとんどは戦地に放置されたままだった。ひどい場合は、欧米観光客の見世物にされていた。このままでは戦死した仲間が報われない…。西村さんは国に代わって戦友の遺骨を探し続け、これまでに少なくとも600体以上の遺骨を掘った。◆オーストラリアではいま、生涯をかけ戦友の遺骨を拾う西村さんの生き様を、高校生が授業で学んでいる。オーストラリア兵の視点だけでなく、日本兵の立場からも戦争の歴史を見つめ、同じ過ちを繰り返さないようにという考えからだ。高校生たちは、個人で遺骨収集を行う西村さんの姿に驚き、感銘を受ける。◆2011年7月、西村さんは恐らく最後となるだろうパプアニューギニアの慰霊に遺族らと訪れた。戦友との約束にけじめをつけるため、また数少なくなった戦争体験者として戦争の事実を語り伝えたいと考えたからだった。西村さんがなぜ、戦友との約束を守ろうとしたのか。彼にとって「約束」とは何か…。そこには70年目にして明らかになった、彼と戦友との命をかけた重い真実があった。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’12 3・11大震災シリーズ おかえりが言えるまで

宮城県気仙沼市の鹿折地区は、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた。この地区の“顔”と言われた商店街の一角に、創業93年の「すがとよ酒店」があった。菅原文子さんは店舗と家を兼ねたこの場所で、夫の豊和さんや息子たちと暮らしていた。◆2011年3月11日。家族8人が店にいた。強烈な揺れの後に押し寄せた大津波。豊和さんは家族に避難を促し、一人店に残ろうとしていた。2階の住居にいた文子さんは、豊和さんを助けようと階段を駆け下り手を伸ばした。豊和さんはその手をすり抜けて津波に流され、行方不明になった。◆3ヶ月後。文子さんは遺体が見つからぬまま、夫の死亡届を出した。それでも待っていた。時が経つにつれ、夫への思いが募った。文子さんは昔から好きだった「手紙」に帰らぬ夫への思いを綴った。◆2012年1月。鹿折地区では復興に向け被災建物の解体が進められていた。「すがとよ酒店」も解体の日を迎えた。夫婦の全てが詰まった店の解体。文子さんは心の中で何度も“ありがとう”とつぶやいた。そして、2012年6月。文子さんに突然の知らせが届く。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
ウッティ発! アンニョンハセヨ!ワタシ桑ノ再生請負人

山梨県の市川三郷町山保。350人余りが住むこの集落は、住民の半分近くが70歳以上。将来、限界集落と呼ばれる運命にあった。そこに縁もゆかりもない若夫婦が飛び込んできた。韓国人のハン・ソンミンさんと妻・楠三貴さん。2人はこの地区の名産品“桑”の復活を請け負う。市川三郷町は「一瀬桑」といわれるブランド桑発祥の地なのだ。◆養蚕業の衰退とともに桑畑は減少し、山梨の桑は果樹に転換されていった。しかし山保地区では先祖代々育てられてきた一瀬桑を今も栽培している。若い夫婦はその桑を活用して「桑の葉茶」を作り始めた。突然現れたよそ者に疑心暗鬼で桑の葉を譲る住民たち。しかし村の冠婚葬祭に顔を出すなどして溶け込もうとする夫婦の姿を見て、皆は次第に心を許していく。祖父母と孫ほど世代が違うのでなかなか一筋縄ではいかないが、一緒になって桑畑の再生に取り組むようになった。◆「この素晴らしい桑を世界に売り出したい」と夢を語るハンさん夫婦と、桑への思いを後世に伝えていきたい住民。静かな山郷の熱い1年を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組