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テレビ番組

NNNドキュメント’12 魂が眠っている 遺された赤紙

番組ID
207392
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放送日時
2012年12月10日(月)01:40~02:10
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
ナレーター:苅谷俊介
スタッフ
ミキサー:浜口崇、音響効果:半澤知宏、ディレクター:藤塚隆、撮影:藤塚隆、編集:藤塚隆、プロデューサー:松岡隆
概要
長野県大町市の民家の土蔵から、戦時中の召集令状「赤紙」の受領証をはじめとする大量の「兵事書類」が見つかった。保管していたのは故・大日向正門さん。戦時中、社村職員として、村民に赤紙を手渡す「兵事係」を務めていた。兵事係は徴兵の人選にも関わったとされ、戦死者があれば遺族のもとへ報せを届けた。戦時中の機密である兵事書類は、終戦直後に国が焼却処分を命じ、全国の役所はこれに従った。しかし、大日向さんは家族に「触るな。魂が眠っている」とだけ話し、中身を秘密にして土蔵に留め置いた。その思いはどこにあったのか。正門さんの死後、書類を見つけた長男の功さんが遺された書類に父の思いを探る。

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