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テレビ番組

ピロートーク ベッドの思惑

番組ID
206653
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放送日時
2012年03月23日(金)01:05~02:05
時間(分)
46
ジャンル
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ドラマ
放送局
関西テレビ放送(KTV)
製作者
関西テレビ放送(KTV)
制作社
関西テレビ放送(KTV)
出演者
スタッフ
原作:田辺聖子、脚本:小林弘利、撮影:中山秀一、撮影:中居龍紀、照明:金子宗央、VE:帆足聡一郎、音声:宮島雅俊、編集:堀田秀治、MA:井田憲吾、効果:中嶋泰成、美術:岡崎忠司、デザイン:嶋田良一、ヘアメイク:野村雅美、スタイリスト:盛安敏子、VFX:中井高浩、タイトル:河合立史、宣伝:宮木佐和子、編成:野村亙、記録:木本裕美、演出補:萩原崇、演出補:大畑拓也、演出補:大西文志郎、演出:木村弥寿彦、プロデューサー:木村弥寿彦
概要
田辺聖子著の恋愛小説「ベッドの思惑」を原案としたシチュエーション・コメディー。30歳オーバーの女性の恋愛と本音をユーモアたっぷりに描く。◆独身のOL・和田あかり(田畑智子)は32歳の誕生日を前にマンションを借り、念願の一人暮らしを始めた。部屋には買ったばかりのセミダブルベッド。あかりには「男ができる前に、男ができても構わない体制を整える」という思惑があった。特定の恋人もなく、結婚したい相手も未だに現れない。そこで一念発起し、新しい恋を夢見てベッドを買ったのだ。◆あかりが部屋で妄想に浸っていると、突然、窓の外から進学塾の講師が生徒を叱りつけている声が聞こえた。あかりは思わず窓を開け、大声をあげて反撃する。◆数日後、あかりは後輩・梅本(尾上寛之)と短大時代の友人・与志子(中村ゆり)を引っ越しパーティに招く。ところが、実家暮らしで男性経験のない与志子は「自立していない処女は最低」という梅本の言葉にショックを受けて帰ってしまう。料理の手際もよくて話も合う梅本にあかりは興味を示すが、梅本はベッドの方を見向きもしない。◆あかりは与志子に呼ばれ、学生時代の担任(ほっしゃん。)が営むおでん屋で飲んでいると、昔付き合っていた妻子持ちの男性・角谷(木下隆行)が現れる。よりを戻そうと口説き始める角谷だが、あかりは突っぱねる。◆マンションへの帰り道。あかりはゴミ捨て場にあったソファを見つけ、部屋に持ち帰ろうとする。そこに同じくソファを狙っていたという吉崎久太(鈴木亮平)が現れ、ソファを運ぶ手伝いを買って出る。声を聞きあることに気づいたあかりは、「見てもらいたいものがある」と久太を部屋に引っ張り込む。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第60回ドラマ番組優秀)

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