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テレビ番組

音楽の力 3.11を乗り越えて

番組ID
206353
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2011年11月12日(土)13:30~14:55
時間(分)
74
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
music_note
音楽
放送局
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
製作者
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)
制作社
宮城テレビ放送(MMT・ミヤギテレビ)、青森放送(RAB)、テレビ岩手(TVI)、秋田放送(ABS)、山形放送(YBC)
出演者
大友康平森公美子クミコ、ナレーター:西田敏行、ナレーター:武田玲子、ピアノ:大貫祐一郎、パーカッション:山田智之
スタッフ
構成:安倍裕子、TM:佐々木学、TD:新野浩史、カメラ:三上敏雄、VE:小田中浩一、音声:庄子美穂、音響効果:前田香織、MA:滑川恵史、照明:田宮吉広、CG:玉川哲也、CG:五十嵐慧、テロップ:佐々木昭信、テロップ:門脇真沙美、広報:品川美由紀、デスク:陣野麗佳、FD:千田佳奈、FD:大森こずえ、ディレクター:坂本公二、ディレクター:大沼潤、ディレクター:長尾景一、ディレクター:佐藤裕樹、ディレクター:佐藤安彦、ディレクター:佐藤裕明、チーフディレクター:秋葉隆史、プロデューサー:相楽大輔、制作:佐藤公俊
概要
2011年3月11日の東日本大震災後、日本中から、世界中から被災地に集まった数多くの力。その中の1つで、大きなチカラとなったものに「音楽の力」があった。被災した東北の人たちの心を励ましてくれた様々な音楽。番組ではその「音楽の力」をテーマに、復興に立ち上がる人々の“生きる勇気”を伝える。音楽によって震災を乗り越え、前向きに生きる子供たち、また元気を取り戻した人々。大友康平と森公美子がナビゲーターとなり、東北6県の音楽を愛する人たちの様々なエピソードを紹介していく。

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原発水素爆発 わたしたちはどう伝えたのかⅡ

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、福島県は最大震度6強の激しい揺れと直後の大津波に見舞われ、甚大な被害を受けた。中でも、全交流電源を喪失した東京電力福島第一・第二原子力発電所については、政府から非常事態宜言が出された。◆12日午後3時36分、津波被害を伝えていた福島中央テレビのニュースセンターに、「煙!」の声が響いた。福島第一原発を捉え続けていた定点カメラからの映像を見ると、1号機一帯が大きな煙に包まれていた。VTRを巻き戻してみると、明らかに爆発しているのが見えた。しかし、その煙が何なのか、放射性物質は含まれるのか、東京電力や国、県に問い合わせても、事態をまったく把握していなかった。◆映像以外にまったく情報がない中、この危機を福島県民にどう伝えるべきか。ニュースセンター内は苦悶しながらも、4分後に全国放送に割って入る形で、県内向け緊急放送を始めた。原稿はない。「見たままをしゃべれ、爆発というな」という指示に、アナウンサーは言葉を慎重に選びながら、約8分間、緊急放送を続けた。1時間後の全国放送で「この事態を初めて知った、テレビ以外の情報はなかった」と菅直人前総理も認めた。「水素爆発」との発表があったのは、爆発から5時間後だった。◆14日以降、福島第一原発3、2、4号機の爆発が相次ぎ、放射能に対する福島県民の不安がピークに達した。その一方、ガソリンや水、食糧の不足が深刻となる中、福島中央テレビは取材規制エリアを当初の半径30キ口から40キロ圏外へと拡大するなど、いくつかの方針を決めた。それが正しかったのか、今もわからない。ただ、「30キロ圏内には屋内退避している住民がいるのに」と、多くのスタッフがその後も負い目として抱え続けたことは間違いない。さらに、原発から離れた地域の視聴者からも「助けてください」「本当のことを放送して」などのメールが相次いだ。◆震災発生から9か月。未曾有の大震災と原発事故の報道がどうであったのか。福島中央テレビは地元の放送局として何ができ何ができなかったのかを自己検証し、被災地域のメディアとして震災2年目に向けた課題を考える。


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