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テレビ番組

柴田理恵認定 ゆるゆる富山遺産 ’10夏 あっつい夏をゆるゆる気分で吹き飛ばせSP

番組ID
205503
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放送日時
2010年08月11日(水)19:00~19:58
時間(分)
50
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
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ドキュメンタリー
放送局
チューリップテレビ(TUT)
製作者
チューリップテレビ(TUT)
制作社
チューリップテレビ(TUT)、北陸チューリップ
出演者
スタッフ
構成:すずまさ、撮影:渡辺浩章、撮影:中根久、音声:山田義昭、撮影:山岸亮、選曲:西本美由紀、MA:葛誠司、CG:新田雅明、CG:田口衛、化粧:石原真寿美、化粧:田中優、スタイリスト:柳沢のりこ、演出補:森川琢磨、演出:荒川綾子、演出:黒崎昇、制作統括:笹林英之
概要
北陸の一見地味な県・富山に秘められた魅力的な人間や資源を紹介、後世に残すべき庶民レベルのグルメ・人物・景観・芸術を見つけ出し、富山遺産として守り伝えようという番組。富山県出身の女優・柴田理恵が歩き旅で故郷の良さを再発見、ふるさとを見つめ直すきっかけを提案する。◆シリーズ第13弾。2010夏の遺産候補は、オールハンドメイドで本格ミニSL機関車をつくるおじいさんや、世界も認めた魚のユニークアイテムをつくる若手の造形作家。そして、ゆるゆる名物のB級グルメでは、皮が絶品のモナカアイスと、ライブも行う天然酵母を使ったこだわりのパン屋さんが登場。その他、楽しい富山弁切手や水族館おじさん、何でも揃う雑貨屋さんなど、ゆる~い富山遺産候補が満載で送る。チューリップテレビ開局20周年記念番組。

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沈まない「水没地区」 ~ダム計画に揺れる町~

政権交代で凍結された全国のダム事業。愛媛県の山鳥坂ダム事業は、住民が移転補償金額に合意し、用地買収の正式調印を目前に控えた中での突然の事業凍結だった。いわば用地買収が仮契約状態での事業凍結という、全国の凍結事業の中で、唯一のケースだ。◆1982年(昭和57)に予備調査が始まった山鳥坂ダム事業は、1992年(平成4)に地元旧肱川町がダム建設の受け入れを表明し、ダム計画は前進するはずだった。しかし長引く反対運動や与党からの事業中止勧告、計画見直しによる規模縮小などで足踏みが続き、水没地区住民は28年間、移転後の生活再建を待たされ続けた。◆水没地区に暮らすのは33世帯、約70人。平均年齢は75歳を超える過疎と高齢化がすすむ地区だ。ダム計画が出て以降は、水没地区はダムに沈むという理由で道路や水道などの施設に手は入れられず、置き去りにされたままである。◆そして2009年(平成21)9月にようやく補償金額が合意し、住民は移転後の新たな生活に向けて具体的に動き始めていた。ダムに沈まない土地に移転するために新しい家を買ったり、水没地にあるお墓を移転させたり、中には移転にかかる費用のローンが始まった人もいるという。しかし突然の事業凍結で支払われるはずの補償金が出ない事態に。◆国や民主党に要望を続ける自治会は、これまで生活再建を進めるためにダム建設推進を要望していたが、2010年になってダムの是非とは切り離して、生活再建の補償を優先して求める行動に出た。これ以上ダムの犠牲になって待たされる訳にはいかないのだ。ある住民は「もうダムはできなくてもいい」と口にする。28年間翻弄され続けた住民の叫びが聞こえてくる。(番組は2010年5月の状況を取材したものです)


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