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テレビ番組

ザ・ノンフィクション 放送500回記念 康子のバラ ~19歳、戦禍の日記~

番組ID
204539
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放送日時
2009年08月02日(日)13:45~14:45
時間(分)
50
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
フジテレビジョン(CX)
製作者
フジテレビジョン(CX)
制作社
フジテレビジョン(CX)、ドキュメンタリージャパン
出演者
スタッフ
協力:門田隆将(取材)、撮影:山崎裕、撮影:南幸男、撮影:金沢裕司、照明:小西俊雄、録音:清水克彦、録音:黒木禎二、EED:荻野崇、MA:吉田一明、音響効果:金田智子、演出補:立岡直人、演出補:佐藤雅俊、演出補:中井佐和子、協力:松下富男(撮影)、広報:植村綾、デスク:伊籐ひろみ、主題歌:中孝介、チーフプロデューサー:味谷和哉、プロデューサー:森憲一、プロデューサー:清水哲也、演出:毛利匡
概要
何年経っても忘れてはいけないことがある。昭和20年(1945)8月6日に落とされた原爆。二次被害で亡くなった19歳の女性、栗屋康子さんの日記に綴られた友への想いと家族への愛情、そして未来への希望。終戦から64年、一人の若き女性の祈りは海を越えて台湾の地で受け継がれていた。番組では、栗屋康子さんの19年の生涯と彼女を取り巻く人々の戦禍の日常を、遺された日記と関係者の証言により、立体的に描き出す。日本の未来への希望も書き綴られている日記から、現代の日本人が忘れてしまった信念や誇りを見出す。
受賞歴
ATP賞(第27回優秀賞)

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映像’09 私は告発する ~54歳、左遷された男~

兵庫県神戸市に住む西村茂さんは、2004年、勤めていた三菱重工神戸造船所で行なわれていた「監理技術者資格者証」の不正取得をやめるよう、会社のコンプライアンス委員会に申し出た。が、社内に不正をもみ消す動きが出たため、国土交通省に通報するなどして問題の公表に踏み切った。その直後、西村さんは電気設備の設計担当を外され、書類整理や古い書類のワープロ入力などの雑用をするように指示された。さらにたびたび退職を迫られ、同僚からは無視される状態に。2年前には関連会社への出向を命じられ、現在は社宅などの清掃作業をしている。強いストレスのために体毛が抜け、ウツの状態にも悩まされ続ける日々だ。◆西村さんは高校卒業後、三菱重工神戸造船所で働き、種子島でのH-1ロケットの発射実験にも携わり、27歳の時には種子島の事務所長にもなった。「不正を告発するまでは順風満帆なサラリーマン生活だった」という。会社の不正を告発したために不利益をこうむることは納得できないと、2008年11月、三菱重工を相手に出向の取り消しと慰謝料を求めて神戸地方裁判所に訴えを起した。「今の仕事はこれまでのキャリアを全く生かすことが出来ず、明らかな報復人事だ」と憤る西村さんに、三菱重工側は「内部告発をもって社員を出向させたという認識はない」と闘う構えを崩していない。◆番組では、西村さんの内部告発から清掃業務に左遷されるまでの経緯や裁判の動き、それを支える家族の姿を追い、内部告発者に対する「見せしめ的制裁人事」の実態を明らかにするとともに、これまでの証言を織り交ぜながら、内部告発者の保護が不十分な「公益通報者保護法」のあり方も考える。


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FNSドキュメンタリー大賞 助産師 小林康乃

助産師となって43年、とりあげた赤ちゃんは3000人以上という小林康乃さんの姿を通し、「命」の意味を考えるドキュメンタリー。◆産婦人科医不足が社会問題化するなか、豪雪地帯として知られる福島県南会津町では出産できる病院が無くなってしまった。南会津地方で唯一の出産できる施設となった中嶋助産院。小林康乃さんはその中嶋助産院の助産師だ。◆昭和30年代までは集落ごとに「産婆さん」がいて、出産に大きな役割を果たしていたというが、医療の発達と共にその数は減少している。福島県内でも「助産院」の看板を掲げているのは、中嶋助産院だけとなった。一方、深刻な産婦人科医不足を受けて、福島県は助産師を育成するための助成制度を導入するなど、その役割を見直す動きが出てきている。目指すのは、助産師と医師が尊重しながら支えあう出産。それはかつて助産師が産婆さんと呼ばれていた時代と同じだ。◆「新たな命の誕生に向き合うときの“祈り”は、ずっと昔から変わらず受け継がれてきたもの」と話す小林さん。取材を重ねるうちに小林さんのもう一つの“祈り”を知ることになった。長女の死について淡々と話す小林さんだが、それは深く傷つき、悩んだ末にたどり着いたものだった。決して弱音を吐くことのない小林さんが墓前で娘に語りかけた言葉は、母親としての心の叫びだった。長女の遺書に記された言葉を、小林さんはこれからも背負い続けていく。◆自然な出産を望む若い夫婦が、中嶋助産院で初めての子どもの出産を決めた。しかし、医療行為ができない助産院での出産では陣痛促進剤などを使わないため、赤ちゃんが生まれてくる力を信じて待つしかない。陣痛が始まって40時間、超難産の末に若い夫婦は命の誕生というかけがえのない瞬間を迎える。


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