テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

吉田類の北海道港町めぐり 小樽編

番組ID
206291
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年01月01日(日)14:30~15:00
時間(分)
25
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
北海道放送(HBC)
製作者
北海道放送(HBC)
制作社
北海道放送(HBC)、HBCメディアクリエート
出演者
吉田類、室谷香菜子、ナレーター:グッチー
スタッフ
カメラ:稲沢英俊、VE:浅野拓道、編集:山田文裕、音響効果:高橋伸哉、ディレクター:平井美樹夫、ディレクター:木下純一郎、プロデューサー:長谷川孝幸
概要
酒場詩人・吉田類が北海道・小樽を訪ねる。観光名所や有名店にはあえて行かず、小樽っ子が通う美味しい店を探してのぶらり歩き。路地裏で激旨グルメを発見したり、はたまたファンらしき人から声をかけられたりと、ゆっくりと歴史とロマンの街・小樽を巡る。同行するのはHBCアナウンサーの室谷香菜子。お酒が大好きな二人にどんな出会いが待っているのか。

同じ年代の公開番組

原発のまちに生まれて ~誘致50年 福井の苦悩~

福島第一原発の事故から1年。全国最多14基の原発を抱える福井県は、2012年4月、全国のトップを切って再稼働への協力要請(同意要請)を受けた。「脱原発」の声がこだまする中、全国の反対派から福井に厳しい視線が向けられ、さらに原子力発電の電力を享受してきたはずの関西圏からも理解を得られない状態が続いている。◆番組では、福井県敦賀市に生まれ育った福井テレビ報道部の記者が、「原発の立地地域」である故郷を歩き、さまざまな事実を明らかにしていく。敦賀1号の計画は当初敦賀市にとって「寝耳に水の計画」だったこと、当時の福井県知事が掲げたスローガンは「後進県からの脱却」で、誘致によって「都会だけの話だった戦後の経済成長」を肌で感じることができるようになったこと…。取材した下請けの地元業者は「原発は誇り」と話し、一方、原発反対を訴えてきた男性は「事故のリスクは無視できない」と言う。◆再稼働への協力要請から1ヵ月経って、原発の地元おおい町議会は再稼働に「同意」した。しかし、そこには原発立地地域の積年の思いが澱となって横たわっていた。福島原発事故と福井、日本と福井の原発の歴史、そして再稼働の今を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
どーんと鹿児島 尾木場 ~操さん85歳 棚田と生きる~

春、一面緑の田んぼで「トラクターの上は最高ですよ」と話す野上操さん85歳。薩摩半島の真ん中、日置市東市来町・尾木場の棚田の田守人だ。標高325mの山の斜面に広がる、4ha60枚の尾木場の棚田。その中でもひときわ目を引くのが、操さんの全長200mもある田んぼ。田打ち、代掻き、田植えに稲刈り、そして秋には200mの長い掛け干しが出来上がる。その曲線は人の手と山の風景がつくる芸術品のようだ。◆尾木場の棚田は、明治時代に野上休右衛門という農夫の手によって開墾が始まった。休右衛門は操さんの祖父・喜次郎の兄にあたる人物。山の湧き水とため池の雨水を頼りに、明治・大正・昭和と時代を経て石を積み上げた棚田は「休右衛門新田」と呼ばれるようになった。山の上の小さな集落の暮らしを支えてきた棚田。先祖が開墾したこの棚田の四季の営みを、操さんは60年以上大切に守り、暮らしている。◆しかし今では、集落の人口は30人、平均年齢は70歳を越えている。ひとり息子に先立たれ跡継ぎの居ない操さんも、山のふもとの病院に入院する妻タミさんの看病をしながらの農作業を続けてきた。戦後まもなく結婚し、山の上で操さんと働き続けてきたタミさん。そんな妻のため、操さんは早朝から棚田の作業、そして午後からは病院へ通う生活を休むことなく続けてきた。そして一昨年の5月、タミさんは帰らぬ人となり…。尾木場の自然に抱かれるように暮らす田守人、野上操さんの日々を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.