テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

Space2010 二度と帰れないふるさと ~仮設住民の震災15年~

番組ID
204930
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2010年01月31日(日)19:00~19:53
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
サンテレビジョン(SUN)
製作者
サンテレビジョン(SUN)
制作社
サンテレビジョン(SUN)
出演者
ナレーション:大里いずみ
スタッフ
撮影:鎌田一成、音声:中村哲也、編集:柳原享典、タイトル:中村英樹、MA:曹淳英、ディレクター:大里いずみ、プロデューサー:大同章成
概要
1995年1月17日の阪神淡路大震災では、およそ45万世帯が家を失った。過去最多となる4万8千戸の仮設住宅が建設され、多くの被災者は住み慣れた地元を離れ、仮の住まいに移り住んだ。◆神戸の人工島・ポートアイランドの「第3仮設住宅」もその1つ。高齢者の1人暮らしが多い仮設の中で、見知らぬ人同士の強い絆が生まれた。しかし復興住宅の完成と共に、仮設住宅で育まれたコミュニティーは失われた。別々に移り住んだ高齢者にとって、復興住宅は必ずしも安住の地とはならなかった。◆「生きる希望を失わないでほしい」。自らも高齢となった元自治会長は支えあった日々を忘れないため、復興住宅で暮らす高齢者への訪問を続ける。震災から15年。かつて仮設住宅で出会い、辛いときを共にした被災者の日々を追う。
放送ライブラリー以外で視聴可能な施設

同じ年代の公開番組

SBCスペシャル おらぁ ハチの親分だ!

長野県の南、自然豊かな山村・中川村。ここに暮らす富永朝和さんは「ハチの親分」と呼ばれ、文字通り「ハチ一筋」の人生を送っている。◆その昔、信州の山村では動物性タンパク質が貴重だったため、蜂を巣ごと捕獲して食用にしてきた。富永さんの父は、この「ハチとり」の村一番の人だった。そんな父に連れられていった「ハチとり」でうまくハチを捕まえたところ、厳しい父が初めて自分を褒めてくれた。それ以来ハチが大好きになり、ハチに入れ込んできた。またハチを操り、巣を使った様々な造形作品を作り上げた。長さ4メートルもの長いハチの巣や、直径2メートルを越すハチの巣のボール等、どうやって作ったのか想像がつかないユニークなものばかりだ。◆しかし、そんな富永さんを家族は冷ややかな目で見ていた。特に苦労をかけられっぱなしの奥さんは、呆れかえっていた。立ち上げた事業が失敗し、大きな借金を作ってしまい、生活が苦しくなった時期もあったが、それでもハチを追いかける事は止めなかったというから無理もない。しかし70歳を越えた今、富永さんが多くの人に頼りにされる存在になっていた。そんな富永さんが、最後の作品づくりに挑戦する。「ハチとの知恵比べは、毎回俺が勝っている!」そう豪語するハチの親分。最後の知恵比べが始まる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
窓をあけて九州 操さんの掛け干し

「棚田んために生まれてきたようなあんべがします」ぴったりと水が張られた田んぼで田植えをしながらそう話すのは野上操さん。薩摩半島の真ん中、東市来町尾木場の棚田の田守人だ。◆標高325メートルの山の斜面に広がる尾木場の棚田。その中でもひときわ目を引くのが、操さんの全長200メートルもある田んぼだ。蛇行する田んぼの曲線に沿うように、春には一面にレンゲの花が咲き、田打ち、代掻き、田植えに稲刈り、そして秋には長い掛け干しを作る。その曲線は人の手と山の風景がつくる芸術品のようだ。◆尾木場の棚田は明治時代に野上休右衛門という農夫の手によって開墾が始まった。休右衛門は操さんの祖父・喜次郎の兄にあたる人物。山の湧き水とため池の雨水を頼りに、明治・大正・昭和と時代を経て石を積み上げ出来上がった棚田は「休右衛門新田」と呼ばれ、山の上の人々の暮らしを支えてきた。先祖が開墾したこの棚田の四季の営みを、操さんは半世紀以上の間、大切に守っている。◆しかしここ20年ほどで離農・離村が続き、集落の人口は30人に減り、平均年齢は70歳を超えている。跡継ぎの居ない操さんも、山のふもとの病院に入院する妻タミさんの看病をしながら農作業を続ける毎日だ。戦後まもなく結婚し、山の上で操さんと働き続けてきたタミさん。そのタミさんのために早朝から棚田へ出て作業し、午後からは病院へ通う。3年間ほぼ休むことなく操さんはこの生活を送ってきた。◆そして65回目の田植えが始まる一月前の5月…。山の上の棚田の四季と、そこに暮らす田守人の棚田への思いを描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.