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ラジオ番組

TBCラジオドキュメンタリー 玉音放送60年目の夏

番組ID
R02710
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放送日時
2005年08月15日(月)20:00~20:59
時間(分)
60
ジャンル
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ドキュメンタリー・録音構成
放送局
東北放送(TBC)
製作者
東北放送(TBC)
制作社
東北放送(TBC)
出演者
語り:小室雅子、語り:鈴木俊光、語り:森雅一郎、語り:大井健郎
スタッフ
構成:菊池豊、演出:中野文恵、制作:田中日出夫、技術:佐藤大樹、取材:中野文恵
概要
昭和天皇自らが終戦を国民に告げたおよそ4分30秒の「玉音放送」。その戦後最も有名で影響力のある放送が現代にもたらしたものは何か。ラジオ放送の歴史を探る。◆玉音放送は昭和史に必ず登場するキーワードであり、テレビや映画などで戦争の終結を表現するシーンに度々再生される。その玉音放送がいつ、どのようにして録音され、どういう過程を踏んで放送されたのか、明らかにされていない舞台裏が多くある。また、昭和天皇が読んだ漢文調の詔書を国民がきちんと理解できていたのかという疑問も残る。◆番組では謎の多い「玉音放送」について、放送に携わった人物、当時聞いた人たち、作家、ジャーナリストの証言を元に、その実像に迫る。玉音放送から始まった戦後のラジオ放送の変遷についても同時に辿っていく。◆インタビュー出演はメディア史研究者の竹山昭子氏、東京大学教授の小森陽一氏、元NHK職員の玉虫一雄氏、歴史研究家の日比恒明氏、コリアレポートの辺真一氏ほか。第5回放送人グランプリ特別賞(中野文恵ディレクター)
受賞歴
芸術祭賞(第60回大賞)、日本民間放送連盟賞(第54回教養番組部門最優秀)、ギャラクシー賞(第43回選奨)

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岐阜のでんしゃ 再生への1ノッチ

2005年3月31日、岐阜の路面電車が94年の歴史を閉じた。「街のシンボルが消えた」「廃止は残念」という意見の一方、「分かっていたこと」「仕方ない」との声も聞かれた。◆数十年にわたって企業努力を続けた名古屋鉄道だったが、沿線自治体は軌道敷への自動車乗り入れを黙認。電車の定時運行ができなかった。停留所の安全も確保されず、利用者は危機を強いられた。クルマ優先の行政が乗客の逸走を招き、赤字は年間17億円に。2003年、名鉄はついに路面電車事業からの撤退を表明した。◆その後、新会社が車両の運行に名乗りをあげ、沿線自治体が線路の管理を行うという条件で話が進んだが、沿線人口を多く抱える岐阜市が土壇場で断念。これが廃止への引き金となった。◆現在も線路が残っているため、まだ路面電車復活の可能性はある。実際、沿線企業が名鉄からの施設譲り受けに名乗りをあげている。しかし名鉄は「岐阜市からの働きかけがないと動かない」と交渉を拒否。対する岐阜市長は「民間同士で話し合うべき問題」とかみ合わない。◆欧米の多くの都市では、路面電車を進化させた交通機関・LRT(ライト・レール・トランジット)が活躍し、街の活性化に貢献している。日本でも、国土交通省がLRTの整備を支援する制度を2005年4月から始めたが、岐阜の路面電車を救済することはできなかった。◆専門家は「岐阜市の動き次第で、路面電車の再生は充分ありうる。そのためにはまず、市民が動かなければならない」と指摘する。街づくりの方向性を示すには、まず目の前にある路面電車の問題を解決することが必要だ。そのカギを握るのは、岐阜に暮らす人々である。◆番組では、市民、名鉄、岐阜市、国土交通省など、多方面への取材を織り交ぜて、岐阜の路面電車廃止の経緯、廃止後の現状を見つめる。そして岐阜の街づくり、地方都市の再生について考える。


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