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テレビ番組

映像’24 兄から妹へ 北新地放火殺人・遺族の2年

番組ID
219045
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放送日時
2024年01月29日(月)00:50~01:50
時間(分)
51
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
毎日放送(MBS)
製作者
毎日放送(MBS)
制作社
毎日放送(MBS)
出演者
ナレーター:横田舞、朗読:松本麻衣子
スタッフ
撮影:古東千由、撮影助手:大野華菜、編集:新子博行、録音:西川友貴、音響効果:佐藤公彦、タイトル:平大介、VTR:北村真智子、宣伝:冨田潤、ディレクター:横田舞、プロデューサー:橋本佐与子
概要
2021年12月、大阪北新地の「西梅田こころとからだのクリニック」で起きた放火殺人事件。容疑者を含む26人が亡くなった。犠牲者のなかには院長の西澤弘太郎さん(当時49歳)もいた。番組を制作するディレクターが西澤院長の妹の伸子さんに出会ったのは事件から3か月後。伸子さんは事件直後から自分にできることを考え、クリニックの元患者と交流を続け、メディアとも向き合ってきた。後に聞くと「悩んでばかりいても仕方ない、兄はきっと私に笑っていてほしいだろう」そんな思いだったという。一方で、容疑者死亡で事件の動機はわからないままだ。唯一の手掛かりとも言えるのが2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件。70人が死傷したこの事件で被告の男は一命をとりとめた。2023年9月、被告の裁判員裁判が始まり、事件の動機の手がかりを得たいとの思いから傍聴に行った伸子さんは、傍聴後号泣した。そして大量殺人を起こした2人の男の共通点を見つける。伸子さんが出した一つの答えは加害者支援の道だった。被害者に寄り添い続けながら、罪を犯した加害者の心の奥を知る。犯罪被害者である伸子さんの2年間の歩みを伝える。

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