テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ザ・ドキュメンタリー いっしょに学ぶ いっしょに笑う ―就活奮闘編―

番組ID
218732
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2024年03月17日(日)11:30~12:00
時間(分)
27
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ北海道(TVH)
製作者
テレビ北海道(TVH)
制作社
テレビ北海道(TVH)
出演者
ナレーション:にしおかすみこ
スタッフ
広報:幸谷洋之、広報:中村祐架、その他:キム・ジェヒョン(ナレーション収録)、音響効果:山田弘光、撮影:長田征史、撮影:斉藤孝治、撮影:高橋慎、編集:佐々木龍一、ディレクター:古谷将太郎、撮影:古谷将太郎、プロデューサー:佐藤一博
概要
札幌に住む青野比奈子さん、洸夢(ひろむ)さん親子。比奈子さんは障害がある子もない子も同じ場でともに学ぶ「インクルーシブ教育」の実現を目指し、市民団体で積極的に活動している。ダウン症の洸夢さんは実際に小学校・中学校とも普通学級で過ごし、高校も5度の「定員内不合格(受験者が募集定員に満たないのに不合格となること)」を経ながら6度目の受験で恵庭南高校の定時制に合格。充実した高校生活を過ごしてきた。そんな洸夢さんは卒業前から職業体験を通じて学校の校務補の仕事を教わっていた。青野親子や高校の先生らはそれがそのまま仕事となる制度に着目し、大好きな恵庭南高校での就職を目指していたが、思いがけないハードルがあった。そして、2023年3月、ついに洸夢さんが卒業式を迎える。青野親子に密着し、インクルーシブ教育の実態を追った2022年放送「いっしょに学ぶ いっしょに笑う」に次ぐ、ドキュメンタリー第二弾。

同じ年代の公開番組

ニュース企画 ヒロシマの記録 「原子野をフィルムに収めて」ほか(英語字幕版)

原爆投下直後に日本映画社のスタッフが撮影したフィルムが、ユネスコ「世界の記憶」にほかの写真などとともに登録申請されている。この記録映像を見つめ直す、情報番組「イマナマ!」のニュースシリーズ企画。◆「原子野をフィルムに収めて」(2024年5月23日放送)/日本映画社(日映)元ディレクター・相原秀二さん(故人)の証言をたどる。日映は日本の原爆調査団の補助機関として撮影を始めたが、占領により主導権は米国に移る。フィルムが米国側に没収されても取り戻せるよう「客観的・科学的に撮影すること」を徹底して撮影は続けられた。◆「校舎が『救護所に』…袋町小学校」(7月12日放送)/被爆直後の広島を訪れた日映のスタッフによって撮影された袋町救護病院の映像。実は袋町国民学校(現在の袋町小学校)の建物が臨時の救護所として使われていた。児童・職員はほぼ全滅したが、校舎は当時珍しかったコンクリート造りだったゆえ、かろうじて耐え、傷ついた人を受け入れた。建物には家族に消息を伝えたり、安否を尋ねる「伝言」も残されていた。卒業生3人が当時の記憶を語る。◆「語り始めた92歳の被爆者」(6月4日放送)/原爆投下から79年近くが経ち、初めて自らの体験を語り始めた才木幹夫さん(92歳)。当時は広島第一中学2年生で、その日は作業が休みだったため、自宅で被爆した。才木さんは一命をとりとめたが、建物疎開に駆り出された生徒ら353人は亡くなった。当時の記憶を封印し、仕事に邁進してきた才木さんだったが、ロシアのウクライナ侵攻を機に「証言者」になることを決意する。あの日の惨状と平和の大切さをどう伝えたらよいか、日々手探りを続けている。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
どーんと鹿児島 隣人

昨年、鹿児島県で働く外国人労働者数が1万2千人を超え過去最多になった。その多くが技能実習生で、深刻な人手不足を背景に増え続けている。鹿児島市内にある技能実習生を受け入れ、日本語や生活ルールを身につける訓練を行い、企業との間で生じる問題を解決するための機関、監理団体・れいめい事業協同組合。2年前、その敷地内にベトナム食品店「Mita Food」がオープンした。提案したのは同監理団体でベトナム語の通訳をしているグェン・ヴァン・ナムさん(32歳)。自分自身も技能実習生として働いた経験があり、少しでも生活の支えになればとの思いから店長を買って出た。店には毎日のように母国の味を求めて技能実習生が訪れる。自転車しか持たず離れた場所で暮らす人のために、無料で配達も行っている。ナムさんは通訳者として技能実習生の気持ちを理解し、企業の要望とすり合わせる重要な役割も担っている。技能実習生の仕事や生活と密接に関わるナムさんの元には、お金や言葉の壁、出産など様々な相談が寄せられるようになった。彼らは異国の地で孤独と不安を抱えながらも、将来の希望を胸に働いている。日常生活の中で目にするようになった「隣人」は、どんな思いで暮らしているのか。ナムさんの日々を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’24 キノコ雲の上と下 ~ 米兵の心に苦悩を刻んだヒロシマ~(英語版)

広島で被爆した近藤紘子さん(79歳)は、幼い頃、原爆を投下した「エノラ・ゲイ」の搭乗員を憎んでいたが、10歳の時に副操縦士のロバート・ルイスと対面。「私たちはいったい何てことをしたのか」と言って涙を流す姿に衝撃を受け、「憎むのはこの人ではなく戦争そのもの」と考えを変えた。あの日、搭乗員たちは自殺用の拳銃と青酸カリを持ち込み任務に当たった。ルイスは機内に持ち込んだ日誌に「いったい何人の日本人を殺したのだろう?私が100歳まで生きたとしても、この数分間が頭から消えることはないだろう」と綴っていた。一方、レーダー対策士のジェイコブ・ビーザーは原爆を正当化し、後悔の言葉を口にすることはなかった。しかし、葛藤の思いは消えなかった。原爆投下から40年後、広島を訪れたビーザーは、女性の被爆者と出会い平和への思いを強くしていく。(ナレーションは英語です。)◆英語タイトル“Above and Below the Mushroom Cloud:The Internal Struggle of the Soldiers who Dropped the Atomic Bomb”


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション ボクらの丁稚物語2024 前編 夢のはじまり 夢の終わり

横浜市にある家具製作会社「秋山木工」は、これまで若者たちを叱って育てきた。そんな会社が、令和の時代の今、大きく変わろうとしていた。この会社では、入社した新人は、一流の職人を目指し、住み込みで5年間修業する、いわゆる丁稚制度を取り入れている。タバコも恋愛も禁止、スマホを持つことも許されず、家族への連絡は手紙だけ。しかし、ここ数年、新人が入ってきても長続きせず、毎年10人以上いた入社希望者も減り続け、2022年にはついにゼロに。そこで秋山利輝社長(80歳)は、これまでの丁稚制度を見直し、家から通う「外弟子」を取るという大きな決断を下す。内弟子はこれまで通り住み込みの共同生活で修業をするが、外弟子には厳しいルールは求めず、全てが自由だという。迎えた2023年春、秋山木工には、内弟子と外弟子、合わせて4人が入社した。そんな新人たちに一番近い兄弟子が、2カ月前に丁稚を卒業し、職人となったばかりの加藤(28歳)。本来ならば、手本を見せるべき立場だが、スマホが解禁されたことで夜更かしをし、寝坊を繰り返す。「職人たちのリーダーになる」と語っていた加藤は大きな決断を迫られていた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.