テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

木曜ドラマ ドクターX 外科医・大門未知子(第3シリーズ)〔1〕

番組ID
209824
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年10月09日(木)21:00~22:09
時間(分)
61
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
テレビ朝日(EX)
製作者
テレビ朝日(EX)
制作社
テレビ朝日(EX)、ザ・ワークス
出演者
スタッフ
脚本:林誠人、音楽:沢田完、主題歌:Superfly、TM:中根鉄弥、技術プロデューサー:栗林克夫、撮影:五木田智、SW:田代浩、映像:岡村亮、照明:花岡正光、音声:福部博国、選曲:塚田益章、音響効果:高木秀和、編集:河村信二、ライン編集:西山貴文、MA:水戸レイ子、監修:松本英之(映像)、美術プロデューサー:根古屋史彦、デザイン:山本修身、美術進行:木村正宏、装飾:上原一晃、美術:井口浩(医療美術)、装置:佐藤大輔、VFX:山本貴歳、CG:石原太郎、衣装:斧木妙恵、スタイリスト:栗田泰臣、スタイリスト:井口しょう子、ヘアメイク:山本仁美、ヘアメイク:石川亜矢、編成:石田菜穂子、編成:神田エミイ亜希子、宣伝:平野三和、宣伝:西山隆一、コンテンツビジネス:白倉由紀子、コンテンツビジネス:鶴田剛、HP:板橋由香里、スチール:長島毅、監修:森田豊(医療)、協力:松尾成吾(外科)、指導:新村核(外科)、協力:益原大志(心臓血管外科)、指導:石田喜代美(看護)、指導:マンスールジャーニュ(フランス語)、スケジュール:冨塚博司、演出補:松川嵩史、助監督:山田勇人、制作担当:田村豊、制作主任:小宮伸之、記録:岩井茂美、プロデューサー補:伊藤悠祐、プロデューサー補:高橋優子、企画:古賀誠一(協力)、ゼネラルプロデューサー:内山聖子、プロデューサー:峰島あゆみ、プロデューサー:西河喜美子、プロデューサー:霜田一寿、プロデューサー:菊地裕幸、プロデューサー:大垣一穂、演出:田村直己
概要
失敗しない女、フリーランス天才外科医・大門未知子の活躍を描く人気ドラマの第3弾。日本医学会の頂点「国立高度医療センター」で繰り広げられる覇権争いに立ち向かう。(第3シリーズ/2014年10月9日~12月18日放送、全11回)◆第1回。とある南の島を訪れていたフリーランスの外科医・大門未知子(米倉涼子)は、豪華客船の事故で負傷した乗客たちに遭遇する。その中には、かつて彼女が派遣された帝都医科大学付属病院第三病院の元院長・毒島隆之介(伊東四朗)もいた。未知子は素早く毒島の手当てを行い、毒島は一命を取り留めた。後日、毒島は国立高度医療センターに入院するが、巨大な心臓腫瘍と破裂した肝細胞がんを抱えていた。そのオペをめぐり、海老名敬(遠藤憲一)ら東帝大学病院派閥と、談合坂昇(伊武雅刀)ら西京大学病院派閥のどちらが担当するかで揉めてしまう。そんな殺伐としたカンファレンスに、突如として未知子が現れる。

同じ年代の公開番組

イチスペ! 拉致 ~帰り待ちつづけ~

日本海に面した鳥取県米子市に暮らす松本孟さんは、妹・京子さんの帰りを37年間待ち続けている。京子さんがいなくなった日の午後8時過ぎ、自宅近くの路上で見知らぬ男性2人と京子さんが一緒にいるところを、近所の住民が目撃。それを最後に京子さんの行方は分からなくなった。孟さんと母・三江さんは、京子さんが北朝鮮に拉致された可能性を訴え続ける。2006年に、ようやく拉致被害者として政府認定されたが、その6年後、母・三江さんは娘との再会を果たせず、亡くなった。◆孟さんは、一目でもいいから母に京子さんを会わせたかったというやり場のない思いを抱きながら、妹の情報を待つ日々がいまも続いている。こうした中、民間団体によって、北朝鮮の工作員に関する調査が進められている。島根県益田市の調査では、工作員が上陸ポイントとして使っていたとされる海岸についての特徴や、周辺での活動状況が一部明らかになった。◆一方その島根県では、41年前に津和野町の益田ひろみさんの行方が突然分らなくなっている。母・シゲ子さんはすでに90歳。認知症を患って介護施設に入っているが、娘のことを決して忘れてはいない。「写真でも名前だけでもいいから消息を知りたい…」こうした拉致被害者家族、特定失踪者家族の思いを取り上げた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ユメ、カナウマデ ~アフリカ少年の挑戦~

世界最貧国といわれる西アフリカのブルキナファソで、野球に人生を懸けようとする少年たちがいる。その中の1人、サンホ・ラシィナくんの夢は「日本でプロ野球選手になる」こと。競技人口が200人と少なく、満足な道具や設備がないにもかかわらず、荒れ果てた赤土のグラウンドで毎日白球を追う。生きるだけで精いっぱいの生活をおくる彼らにとって、野球は「生きる希望」だ。◆2013年夏。15歳のラシィナくんは来日し、独立リーグの球団・高知ファイティングドッグスに練習生として参加、入団テストに挑んだ。言葉も通じない遠い異国の地。彼を支えたのは、支援物資としてもらったボロボロのグローブだけ。しかし、大きな壁にぶつかりながらも真摯にひたむきに取り組む彼の姿勢は、日本の若者が忘れかけている「がむしゃらさ」を印象付けた。◆ラシィナくんが必死で夢を追う背景には何があるのか、そして母国ブルキナファソの野球にどのような影響を与えていくのか。7カ月間の取材を通して「夢を持つこと・追うこと」の大切さを考える。4ちゃんスペシャル。RKC高知放送開局60周年記念特別番組。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組
SBCスペシャル 確証 ~初証言・松本サリン事件20年~

1994年6月27日夜、長野県松本市でオウム真理教によるサリン事件が発生した。この夜だけで7人が死亡、市民600人余が被害を受けた。長野県警は、事件の第一通報者の河野義行さんの自宅を家宅捜索し、マスコミも河野さんの疑惑を報じた。◆事件から20年を経て、捜査の指揮官だった長野県警の淺岡俊安元捜査一課長が初めてテレビ取材に応じた。この中で、事件から1か月後には河野さんは「犯人ではない」と断定していたこと、さらに、事件からひと月もたたない時期にオウム真理教への捜査を密かに始めていたことを初めて証言した。この極秘捜査は「コードネームY」と呼ばれ、意外な展開を見せる。◆一方、河野さん親子は、警察内部の動きを知ることもなく、容疑者扱いを受け続けた。河野さんは厳しい事情聴取を受け、高校生の長男は警察官の虚偽の誘導で自白を求められた。強引な捜査手法と警察独特の論理によって追い込まれていったのである。◆サリン中毒で14年間も闘病生活を送っていた河野さんの妻・澄子さんが2008年に亡くなった。3人の子供たちは独立し、松本を離れた。一家はこの20年を振り返り、「あの時と今」をどうとらえているのか。子供たちへの取材から、その思いを伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.