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ニュース映画

毎日世界ニュース 421 ア大統領西欧へ

番組ID
N00834
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年09月02日(水)
時間(秒)
70
カテゴリ
国際情勢・海外
概要
大きく変わろうとする世界情勢の中で、アイゼンハワー米大統領は西欧側の意思調整をはかるためヨーロッパに向かった。まず西ドイツの首都ボンに到着したアイゼンハワー大統領は、出迎えのアデナウアー首相らと固い握手を交わした。閲兵を終えて、大統領は大歓迎の中を10間の忙しい日程に入った。フルシチョフ・ソビエト首相との歴史的会談を前に、ベルリン問題などの多くの宿題を抱え、アデナウアー首相をはじめ、イギリスのマクミラン、フランスのドゴールなどの首脳者たちと話し合いが続けられている。(週間話題)

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毎日世界ニュース 423 安保改定を前に 勤評から西尾問題まで

1959年9月8日、日教組(日本教職員組合)は勤評(勤務評定)反対の統一行動を全国に展開。東京では文部大臣に会見を求めたが門を閉ざして面会謝絶。安保条約改定阻止と勤評反対闘争は表裏一体だと気勢を上げたが、教育委員会との団体交渉も物別れとなって、泥沼から一歩もはいあがれない。同じ日、基地砂川町では安保改定阻止の中央大会が開かれ、米軍の駐留は憲法違反であるという東京地裁の判決を支持するデモが、夜の更けるまで続いた。1959年9月9日、ダレス長官の追悼式には吉田茂元首相をはじめ、岸信介総理、マッカーサー米大使ら多数が参列して、安保条約の生みの親ダレス氏を偲んだ。8年前のこの日、サンフランシスコにおいて講和条約および安保条約が調印されたのである。この抱合わせの両条約をめぐって、社会党は講和条約賛成、安保条約反対の立場をとる右派と、両条約に反対する左派が激しく衝突、ついに分裂の憂き目を見るに至った。あれから8年、社会党青年部大会は、議場混乱のうちに西尾末広氏の除名を絶対多数で決議した。こうした中で1959年9月12日、第16回社会党大会を迎えたが、安保闘争に対する西尾氏の言動が党紀に反すると詰め寄る左派と、受けて立つ右派が真向から対立して、冒頭から荒れ模様。大会運営委員会では、決議案をめぐってつかみ合いをする騒ぎ。結果は「西尾氏を統制委員会に付議する決議案」を大会に上程することになった。西尾氏の弁明と、河上丈太郎氏の決議案反対表明に続いて投票に入り、決議案は可決された。こうして社会党は西尾氏の去就をめぐって、統一以来最大の危機を迎えた。


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毎日世界ニュース 418 波紋投げた原爆記念日

東京から、新潟から、そして、南の果て与論島から始った1000万人の平和行進は、1959年8月4日、目的地の広島に到着した。3コースの団長たちは真っ黒に日焼けした顔で、感激の握手を交わした。一方、全日本学生自治会総連合の学生たちも続々と到着。安保条約改定反対を掲げて世界大会に参加した。こちらは大会に背を向けた右翼の連中。ニセの平和大会をぶっ潰せと原水爆禁止日本協議会の安井郁理事長にねじ込んだ。また、ソビエト代表にも「帰れ帰れ」と食ってかかる狼藉ぶりで、折角の世界大会も、とんだ邪魔が入った。一方ではイギリスや西ドイツ代表が、核武装反対で西ヨーロッパだけを非難すると、大会に不満を抱いて脱退するなど思わぬシコリを残した。こうした中で迎えた1959年8月6日、新たに187名の死亡者を加えた原爆慰霊碑の前に、2人の遺児が花輪を捧げ、悲しみも新たに3万人の参加者は深く頭を垂れて犠牲者の冥福を祈った。この時、頭上を旋回する飛行機から、またも心ない右翼の宣伝ビラ「ニセの大会にだまされるな」が撒き散らされた。しかし広場にはこの雑音もよそに、深い悲しみと平和への祈りが静かに流れていた。右翼の連中もさすがに気がとがめるのか、警官に後を付けられながら神妙に黙祷を捧げた。こうして色々と波紋を投げた原水爆禁止世界大会も、1959年8月7日、安井理事長が読み上げるヒロシマアピールを最後にその幕を閉じたが、年毎に派手になって来た世界大会の陰には、被爆者の切々たる訴えも聞かれる。そして8月9日、原爆第2号の地長崎でも平和への祈りが捧げられた。これが14年目を迎えた広島と長崎の原爆記念日の表情であった。


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毎日世界ニュース 386 おめでとう1959年

北から南から、新たな年の訪れに太宰府の梅もほころび始めた。兵庫県竜野の農家では手延べ素麺の最盛期。姫路の小林平八郎さんの作業場では国宝姫路城の復元の瓦が念入りに形どられている。皇居では御成婚近い皇太子さまを囲んで天皇御一家の楽しいお正月。天皇・皇后両陛下が睦まじく皇居内を散歩されれば、皇太子さまと美智子さんも思い出のアルバムを挟んで生涯の設計に楽しいひと時を過される。熊本県八代で、大羽子板が新春の装いを凝らす時、東京浅草の幼稚園では、可愛らしいお餅つき、軽井沢のスケート・リンクでは、若い人たちがカルタ取りや餅食い競争に興じている。さて1959年は亥の年。大阪の狩猟ずきが猟犬と猪を追えば、熊本県では、人家に飼われて犬と戯れる仔猪たち、果ては遙々上京してデパートの客寄せに一役買った。「鍋底景気」といわれた昨年の不況を乗り切って、生産界も今年は活気づいている。東電(東京電力)が千葉に建設中の東洋一の火力発電所も、すでに第3期の工事を終って、6月の完成へ急ピッチ。最も近代的な製鉄所として知られる富士製鉄の広畑工場では、従来の連続式冷間圧延機に加えて、最近180センチ幅の薄板を生産できる逆転式冷間圧延機を設置、日本一の薄板生産工場の名に恥じぬ威容を誇っている。こうして天皇も庶民も、町工場も大工場も、国中が新春の息吹に浸っている。明るく、逞しく、今年こそは豊かな年にしたいものである。


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