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ニュース映画

毎日世界ニュース 419 島の終戦ッ子

番組ID
N00824
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上映日
1959年08月19日(水)
時間(秒)
141
カテゴリ
地域
概要
瀬戸内海の似島。終戦の荒波を乗り越えて14年。似島学園卒業の戦災孤児たちが、今はすっかり一人前になって、お盆の里帰りに学園に帰って来た。懐かしい我が家、似島学園の在校生や親がわりの園長さんに迎えられて嬉しい上陸。見違えるほど大きくなった卒業記念の木。過ぎ去った苦労を後輩に語って励ます顔は、もう立派な社会人だ。この先輩のあとを追って、学園では2百人の子どもたちが集団生活。発育盛りの子に1日67円の食費では食糧が不足がち。そのため毎朝全生徒が農耕作業に参加して学園の一部に農園を開墾し、自活の道を切り開いて、生産意欲を燃やしている。海ではカキの養殖が行なわれ、水産物の研究もなかなか盛んだ。可愛い仔豚の世話に、閉ざされた子供たちの愛情がすくすくと育って行く。子供たちの手で作った「少年丸」。その船が波を立てて進むように、終戦の落し子たちは希望の世界へ力強く船出して行くのだ。

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毎日世界ニュース 436 さよなら日本

1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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