テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

人生の楽園〔712〕 一本釣り漁師の島暮らし(高知・沖の島)

番組ID
214910
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年02月07日(土)18:00~18:30
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ朝日(EX)
製作者
テレビ朝日(EX)
制作社
テレビ朝日(EX)、テレビ朝日映像
出演者
ナレーター:西田敏行、ナレーター:菊池桃子
スタッフ
構成:武田浩、CAM:曽根光、VE:矢作和彦、照明:山下雅司、EED:笹原隆基、EED:中西祐介、映像デザイン:山岡伸治、映像デザイン:沼田千恵子、音響効果:富岡隆晃、MA:有路賢二郎、編成:武藤一成、宣伝:井上恵莉子、リサーチ:野添幸子、デスク:廣井暁子、AP:助川朋子、AD:関根良、ディレクター:千葉徳雄、プロデューサー:森川俊生、プロデューサー:四倉幸彦
概要
“自分にとっての人生の楽園”を見つけた人々の様々なセカンドライフを紹介しながら、新しい生き方を提案する、大人のための「いい人生の歩き方」発見番組。(2000年10月7日放送開始)◆今回の舞台は、高知県宿毛市の沖合にある沖の島。一本釣り漁師の新田政司さん(57歳)と妻の智子さん(61歳)が主人公だ。二人は2009年10月にも番組に登場した夫婦。政司さんは、転勤の多いサラリーマン生活の中、趣味の釣りで訪れた沖の島を気に入り、49歳で会社を退職して沖の島へ移住、一本釣り漁師になった。沖の島に惚れ込んだ新田さん夫婦の、その後の島暮らしを紹介する。

同じ年代の公開番組

日本!食紀行 南部鮭に愛を込めて ~鮭一筋65年!鮭博士の恩返し~

岩手県宮古市は本州一の鮭の水揚げ量を誇る「鮭のまち」。その町で生まれ育った中嶋哲さん83歳。毎年故郷の川に帰る鮭を「故郷を忘れない義理堅い魚」と愛し、加工品作りの分野で活動を続けている。地元の宮古水産高校に進学後、母校の指導助手となった中嶋さん。実習で捨てられる骨が“もったいない”と、生徒たちと一緒に全国初となる「鮭の中骨缶詰」を開発。以来、地元では「鮭博士」と呼ばれるようになった。「いまは鮭が空を飛んでくる時代」と輸入品に押される現状を憂い、定年後の70歳を過ぎてから、仲間たちと共に「冷燻作り」に挑戦。地域の厳しい寒さを「冷燻向き」と捉え、燻材には地元の木材を使用。衰退著しい地場産業にも光をあてた「鮭の冷燻」は、古くて新しい加工品として全国から高い評価を得るまでに成長する。鮭一筋65年の中嶋さん。その胸の内にはいつも「故郷への愛情」があった。中嶋さんの生き方は「生き甲斐ある人生の素晴らしさ」を、また「まだまだ地方には可能性がある」という事を教えてくれる。そのメッセージは今を生きる人たちへの大きなヒントだ。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日本の片隅で平和を叫ぶ ~山陰空襲を知っていますか?~

太平洋戦争末期の列車空襲である「大山口列車空襲」。70年前、終戦間際に日本海側の山陰地方で何が起きていたのか。長い年月が経ち、その記憶をとどめる地元の人たちも多くが亡くなっている。こうした中、その記憶を残そうと、被災した人たちを訪ね歩いた。◆こうした中で分かったのは、戦争の記憶を語り継ごうと中心となって活動を続けてきた一人の男性が脳梗塞で倒れ、これまで語り継がれてきた山陰空襲の記憶の伝承が難しくなってきたという事実。この男性が活動の拠点にしてきたのは「大山口列車空襲被災者の会」。被災者の会は、男性が倒れたことや被災者の高齢化を受けて、初めて戦後生まれの会長が就任した。試行錯誤しながら、語り継ぐ活動を継承している。◆70年前の薄れゆく記憶…。近年米軍の空襲記録やガンカメラ映像の研究などによって、米軍が見た空襲の実態も明らかになってきた。しかし時の経過とともに、記憶の継承が難しくなっていることには変わりがない。戦争体験を次の世代にどのように語り継いでいくのか。「戦争の記憶を風化させない」とする会の活動を通して考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.