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テレビ番組

受け継がれる「仁」のこころを探せ! 知られざる戊辰の絆

番組ID
212138
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放送日時
2018年03月31日(土)13:30~14:25
時間(分)
47
ジャンル
school
教育・教養
放送局
福島中央テレビ(FCT)
製作者
福島中央テレビ(FCT)
制作社
福島中央テレビ(FCT)
出演者
あばれる君、ナレーション:大橋聡子
スタッフ
撮影:冠木孝之、撮影:山本健二、音声:横田中真、編集:二瓶雄一郎、ディレクター:麦倉理江、プロデューサー:藤田潮、制作:菅澤大一郎
概要
戊辰戦争から150年。会津白虎隊の悲劇として広く知られる戊辰戦争だが、東北の玄関口・白河では犠牲者1000人を超す戊辰最大の戦が繰り広げられたにもかかわらず、敵をも慈しむ「仁」のこころが存在したという。謎の男Xから指令を受けた白河市ゆかりの芸人・あばれる君が「仁」のこころの正体を探しに白河市内、そして敵軍本拠地だった山口県萩市を奔走する。◆白河では歴史研究家の植村美洋さんとともに小峰城と稲荷山を訪ね、当時の戦況や市内に残る敵軍の慰霊碑の存在、西軍の戦死者だけの墓地を代々供養してきた長寿寺について知る。次に向かった萩では、聞き込みで得た「白河踊り」をもとに工務店の社長・中原正男さんを訪ねる。中原さんは白河踊りと萩の関係を研究していて、白河踊りの詩の内容を検証すると、戊辰戦争の奥州征伐から戻った長州兵士が白河の盆踊りを伝えた可能性が高いと言う。中原さんは、白河の戦いが終わったのがお盆の時期で、現地で亡くなった兵士の霊を慰めるために地元民と一緒に踊り持ち帰ったからではないかと推測する。白河市に今も残る数多くの敵軍の慰霊碑、かつての敵国・山口県に今も伝わる「白河踊り」、敵味方分け隔てなく死者を弔ったことこそが白河に伝わる「仁」の心だと分かったあばれる君は、謎の男Xのもとへ向かう。

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