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テレビ番組

テレメンタリー2016 雷鳥を守るんだ ~“神の鳥”その声を聴く男~

番組ID
211413
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年09月24日(土)15:00~15:30
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
長野朝日放送(ABN)
製作者
長野朝日放送(ABN)
制作社
長野朝日放送(ABN)、トラストネットワーク、東京サウンドプロダクション
出演者
ナレーション:草田敏彦
スタッフ
企画:近藤幸夫、撮影:沖山穂貴、撮影助手:加々美昌明、音響効果:大峽邦彦、整音:羽入田佑哉、タイトル:木内貴美、ディレクター:山口哲顧、プロデューサー:倉島崇志
概要
国の特別天然記念物ライチョウが絶滅の危機にある。自然環境の変化で、キツネやカラス、ニホンザルまでが高山帯に侵入し、捕食する天敵が増えたことが減少の要因である。加えてニホンジカやイノシシが高山帯に上がってきて、高山植物の「お花畑」を食い荒らすなど生息環境そのものが破壊されていることも要因に挙げられる。ライチョウの世界的研究者・信州大学名誉教授の中村浩志さんはニホンザルがライチョウのヒナを捕食する瞬間を撮影・公開し、メディアと国内外の研究者を驚愕させた。氷河期の生き残りで日本の山岳生態系を象徴する生物・「神の鳥」とも呼ばれるライチョウを取り巻く環境に今何が起きているのか、標高約3000mの過酷な環境で、神の鳥の命を守る男の戦いを伝える。

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