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テレビ番組

新ふるさと百景 虫井神社の花籠祭り ~鳥取・智頭町~

番組ID
210504
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年12月27日(日)10:55~11:25
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本海テレビジョン放送(NKT)
製作者
日本海テレビジョン放送(NKT)
制作社
日本海テレビジョン放送(NKT)
出演者
スタッフ
演出:井田聡、制作:河野信一郎
概要
時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆鳥取県の智頭町にある「虫井(むしい)神社」(「むし」は虫の上にノ)。この神社では毎年10月28日に「花籠祭り(はなかごまつり)」が行われ、氏子から色鮮やかな「花籠」が奉納される。2015年の花籠を背負う男性「花男」は、寺谷宇一朗さんだ。花男は集落内でその年に20歳になった独身の男性で、両親が健在でなくてはならないなど、様々な条件がある。しかし時代の変化に伴い、そのなり手が少なくなり、寺谷さんが虫井神社の花男を務めるのは、この年で2回目となった。花男は神や精霊が宿る使者で、化粧をしたり衣装を着るのは、この花男が唯の人ではなく神事に携わる選ばれた者としての印のためと言われている。花籠を背負い、手には青竹の先端をいくつにも割った杖を持ち、両脇を抱えられながら集会所から神社に向けて出発する。この行列は千鳥足で歩くほど縁起が良いとされており、花男は出発前にかなりのお酒を飲んでいる。そして虫井神社に到着し、お祓いを受けた後、待ち受けた多くの氏子たちや参拝者によって花籠の花「やなぎ」が抜き取られる。抜き取った花は丸く輪にして家に持ち帰る。輪にして持ち帰った花は、屋根に投げ上げておくと、火災や厄除けになると昔から伝えられている。
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