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テレビ番組

NNNドキュメント’14 マザーズ 特別養子縁組と真実告知

番組ID
209389
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放送日時
2014年04月21日(月)01:20~02:15
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
中京テレビ放送(CTV)
製作者
中京テレビ放送(CTV)
制作社
中京テレビ放送(CTV)
出演者
ナレーター :毬谷友子
スタッフ
撮影:伴尚志、音声:大矢香織、音響効果:伊藤琢磨、ミキサー:浜口崇、リサーチ:杉浦邦枝、タイトル:加藤眞由美、編集:大津一剛、ディレクター:安川克巳、プロデューサー:中保謙
概要
「特別別養子縁組」は、親が育てられない6歳未満の子どもを血縁関係のない夫婦に実子として託す制度で、新生児の遺棄などから小さな命を守る手段の一つでもある。◆29歳の女性は今、産みの母を探している。中学のときに親子喧嘩の弾みで、ある書類を叩きつけられ、自分が養子であることを知ってしまった。「事実が知りたくても(今の親に)“知らない”って話を蹴られてしまう」「それ以上自分から“私はどこから来たの”とか聞く勇気がなかった」と語る女性は、裁判所で審判書きの開示を求めた。そこには、未婚の産みの母親が妊娠した時には既に相手の男性と連絡が取れなくなっていた事、育てる事ができず乳児院に預けられた事が書かれていた。産みの母と思われる人が今も生きていることがわかったが、女性はそこを訪ねることはできなかった。ただ、自分が生まれた理由がどんな事実であれ、「私は真実を知りたい」と語る。◆外出先から自宅に帰る途中に性被害にあったという高校生は、気づいた時は妊娠7ヶ月。赤ちゃんを特別養子縁組で委ねる決意をするが、性被害によってできた赤ちゃんを産んでも特別養子縁組で引き取る夫婦がいないのではと不安がる。また、お腹が大きくなるにつれ「自分で育てたい」と母性に揺れ動く。すでに養親に決まっている夫婦は、「どう生まれたか」よりも、「授かった命を大切にしたい」と思いを語り、「養子であることも、どうやって生まれたかという真実も伝える」と言う。女子高生は無事出産し、赤ちゃんはこの夫婦に託され、新しい家族が誕生した。◆養子への偏見もあるなか、苦悩しながらも前向きに生きる人たちへの取材を通して、特別養子縁組と真実告知の現実を伝え、新しい「家族」のあり方を問いかけた番組。
受賞歴
日本放送文化大賞(第10回グランプリ)、日本民間放送連盟賞(2020放送と公共性優秀(ドキュメンタリー「マザーズ」を起点とした特別養子縁組の継続報道9年))

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