テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

SBCスペシャル 確証 ~初証言・松本サリン事件20年~

番組ID
209305
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年07月02日(水)19:00~19:56
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)
出演者
ナレーション:齊藤茂一
スタッフ
取材:湯本和寛、取材:清水秀行、撮影:太田哲郎、撮影:小林豪太、撮影:橋爪忠博、撮影:伊藤康雄、音声:中村豊、編集:地福秀二、EED:宮嵜芳之、MA:乾秀明、プロデューサー:長岡克彦
概要
1994年6月27日夜、長野県松本市でオウム真理教によるサリン事件が発生した。この夜だけで7人が死亡、市民600人余が被害を受けた。長野県警は、事件の第一通報者の河野義行さんの自宅を家宅捜索し、マスコミも河野さんの疑惑を報じた。◆事件から20年を経て、捜査の指揮官だった長野県警の淺岡俊安元捜査一課長が初めてテレビ取材に応じた。この中で、事件から1か月後には河野さんは「犯人ではない」と断定していたこと、さらに、事件からひと月もたたない時期にオウム真理教への捜査を密かに始めていたことを初めて証言した。この極秘捜査は「コードネームY」と呼ばれ、意外な展開を見せる。◆一方、河野さん親子は、警察内部の動きを知ることもなく、容疑者扱いを受け続けた。河野さんは厳しい事情聴取を受け、高校生の長男は警察官の虚偽の誘導で自白を求められた。強引な捜査手法と警察独特の論理によって追い込まれていったのである。◆サリン中毒で14年間も闘病生活を送っていた河野さんの妻・澄子さんが2008年に亡くなった。3人の子供たちは独立し、松本を離れた。一家はこの20年を振り返り、「あの時と今」をどうとらえているのか。子供たちへの取材から、その思いを伝える。
受賞歴
日本放送文化大賞(第11回グランプリ候補)

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2014 「BLUE」 ~青森から世界への挑戦~

マイナースボーツと言われる男子新体操。この競技で青森大学の男子新体操部は日本の頂点に立ち続けている。6人がそろって行う演技は、見た人を魅了し、関係者は「一度見てもらえれば、感動させる自信はある」と語る。しかし、サッカーや野球のようにプロの世界がなく、全国の頂点に立ち続けても卒業後の選択肢が多くはない。青森大学4年生の菊池正源主将も卒業後の進路に不安を抱えていた。パフォーマーとして活躍する夢の実現のため、不安定な生活を選ぶか、それとも諦めて就職するか…。◆そんな中、青森大学男子新体操部は、世界各国からパフォーマーが集まるドイツのエンターテイメントショーに招待される。部員たちは1ヵ月で33公演を行い、地元・欧州の観客から拍手喝采を浴びた。また国内では新たに一流のプロ演出家による舞台「BLUE」公演に挑戦する。パフォーマーへの意識を一層強くした菊池さんは、世界的なパフォーマンス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」のオーディションを受けることを決断。就職を諦め、夢への挑戦を続けることを選ぶ。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組
ヒロシマを遺した男 ~原爆資料館 誕生秘話~

年間140万人が訪れる広島市の原爆資料館(広島平和記念資料館)。無残にも奪われた魂の叫びを国内外に伝え続けてきた。その原爆資料館が一人の男の信念によって生まれたことを知る人は、今となってはほとんどいない。◆広島文理科大学(現・広島大学)で地質鉱物学を指導していた長岡省吾さん。原爆投下の翌日、広島市内に入り、腰かけた石灯ろうが剣山のようにとがっていることに驚いた。「特殊な爆弾」だと直感した彼は、その後、焼け野原を歩き、焼けただれた石や瓦、ビンなどをひたすら集める続けるようになった。自宅はそんな「ガラクタ」でいっぱいだった。長岡さんは集めた石や瓦を公民館の一室で展示し始めた。生き残った者の使命として、「あの瞬間」に何があったのか伝えなければならない。そこには強い信念があった。◆被爆10年後、その信念が原爆資料館を生んだ。長岡さんは初代館長に就任することとなった。今では長岡さんについての資料はほとんど残っていない。番組では、わずかな手がかりをもとに国内外に当時を知る人々を訪ね歩き、長岡省吾さんの軌跡を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
どさんこワイド179 みる・みる・みらいスペシャル 帯広農業高校

「みる・みる・みらい」をテーマに北海道の未来につながる“力”を応援するSTV札幌テレビ。夕方の情報番組「どさんこワイド179」のスペシャルウィークでは、長期取材してきた「北海道の未来を創る人々」を特集で紹介する。この回は、自らの夢を追い、命と向き合いながら北海道農業の担い手となっている帯広農業高校の半年間を見つめる。◆卒業式まで1ヶ月となった頃、養豚班の3年生は豚舎へ向かった。学校祭の日に生まれた豚が出荷を迎えるからだ。彼らにとってこれが最後の出荷。この日出荷される2頭の豚に、いつもと同じようにやさしくブラシをかける。荷台に乗るのを嫌がる豚を淡々と荷台に乗せる生徒たち。つらくても必要な作業だ。ここでの3年間で、彼らは「生産者」としての立場も学んできた。そして、養豚班の最後の授業。自分たちが一生懸命に育てた豚を、自ら調理して食べる。命を育み、そして自分たちの命を繋ぐ。みんなで食べ残さず美味しくいただくこと、これが食べ物に対する「感謝のカタチ」。3月、彼らは旅立ちの日を迎える。酪農科学科卒業生40人、一人一人が感謝の気持ちと将来の夢を語り合った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
どさんこドキュメント2014 みる・みる・みらいスペシャル 笑顔で生きよう ことばで寄り添う「赤ひげ先生」

人口2千7百人の北海道・南富良野町。幾寅という小さな地区で10年前に開業した「けん三のことば館クリニック」が舞台。内科・小児科・心療内科の医師・下田憲さん(67歳)は、地域医療を支えてきた功績が認められ、2014年春「全国赤ひげ大賞」を受賞した。その診療方法は、患者に時間をかけて向き合い、寄り添う言葉をかけ、ひとりの人間として関わっていくことに徹している。◆1日50人にも及ぶ予約患者の多くは、すがる思いで下田さんのもとを訪ね、心と体をゆだねている。病院での診察だけでなく、地域の福祉施設への往診も行い、過疎地域の乏しい医療を日々支え続けている。その思いの原点には、医師に成り立ての頃の“後悔”があった。◆番組では、下田さんの日々の診療だけでなく、患者の日常生活、研修に訪れた若い医師なども取材。この地域だけでなく、北海道が抱えるであろう医療の現状を描き、北海道の未来に向けて何が必要かを問いかける。STV・ニュース情報番組「どさんこワイド179」の特別編。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
季節の海“RAUSU”

日本の北東端、北海道・知床半島。季節によって全く違った表情を見せる世界自然遺産・知床「羅臼の海」を約1年に渡って取材したドキュメンタリー。地球でただ一つの海“RAUSU”の四季を、俳優・吉岡秀隆の語りで静かに見つめる。◆春…流氷がアザラシをのせて沖へと去り、コンブが鮮やかな萌黄色の若芽を出す。やがて体長2mを超えるイカが、袋状の卵をひきずって深海から浮上する。一部始終を撮影するのは、関勝則さん。20年近く前、イカの子育てを初めて目撃した。当時、イカは生みっ放しでケアはしないと考えられていたので、その発見は衝撃的だった。◆夏…羅臼の海は「野生の命」で溢れかえる。シャチが水面をジャンプ。南半球からやってきたマッコウクジラが高々と潮を噴き上げる。陸地からマッコウクジラが泳ぐ姿を観察できるのは、世界でも羅臼だけだ。空を見上げれば、タスマニアから飛来したミズナギドリの大群で黒く染まっている。動物たちはこの海が豊かな餌場であることを知っているのだ。◆秋…海の中も実りの季節を迎え、様々な魚が群れをなして押し寄せる。ほかでは例のないホタテの「潜水漁」も始まる。ボンベを担ぎ、生け簀を抱えた漁師たちが一枚一枚拾っていく。冬が近づくと、羅臼の海では不思議な現象が起きる。サンマやイワシなど回遊魚の大量の死骸が、稀に浜辺に打ち上がる。研究者は「死滅回遊」と呼ぶ。海の中で一休何が起きているのか。謎を解き明かすため、研究者チームが水中用のロボットカメラを潜航させ、世界初の調査に乗り出した。◆冬…流氷が海一面を白く覆った。氷の中に所々鮮やかな緑色が見える。植物プランクトンだ。春になって流氷が溶けるとこのプランクトンも海に放たれ、孵化した幼魚たちの糧となる。春に多くの魚が孵化する理由はそこにある。流氷が大陸から運んでくる豊富なプランクトンは、ここに独自の生態系を生んだ。そして季節の移り変わりが、その命を育てていく。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組