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テレビ番組

どーんと鹿児島 大隅から甲子園へ ~密着!大隅と尚志館ナインのセンバツ~

番組ID
208677
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年04月10日(水)19:00~19:54
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
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スポーツ
放送局
南日本放送(MBC)
製作者
南日本放送(MBC)
制作社
南日本放送(MBC)
出演者
ナレーター:美坂理恵
スタッフ
カメラ:田之畑勇作、カメラ:八重尾英孝、カメラ:牧尚聖、VE:脇駿喬、美術:新村友美、取材:松木圭介、取材:朝立明子、取材:柳原志穂、ディレクター:成田広樹、プロデューサー:有迫貴史
概要
2013年春の選抜高校野球大会。鹿児島県志布志市の尚志館高校は大隅半島から初めて甲子園出場を決めた。1915年に第一回全国高校野球選手権が始まっておよそ100年。大隅にとって悲願の甲子園だった。さらに野球部員26人全員が大隅出身の子たちであったということも、町を大いに盛り上げた。◆吉報は1月25日大隅半島に届く。そしてこの日を境に、地域は尚志館の甲子園出場ムードに沸く。「尚志館」と「甲子園」という言葉は、町行く人たちの挨拶がわり。国道には「大隅初甲子園出場」ののぼりや横断幕。町の人たちが資金を出し合い、大隅半島を彩った。畜産を中心に農業が盛んな志布志市。学校には連日、豚肉や野菜、米などの食材が届く。農家の人たちが、地元の食材で栄養をつけて欲しいと送ったものだ。◆高校野球を通じて起きる町の変化。甲子園出場が起爆剤となり、町の人たちが笑顔になり、元気になっていく、地域に根付いた大隅っ子野球部員のひたむきな姿を、地域みんなが応援した。九州大会から春の選抜まで、甲子園に沸いた大隅半島と尚志館高校の野球部員に密着する。

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